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『CーSOUND FESTIVAL 2022』出演争奪バトルオーディション

ONLINE Kool

『CーSOUND FESTIVAL 2022』出演争奪バトルオーディション【A-1】

開催日: 2022/08/13

『CーSOUND FESTIVAL 2022』出演争奪バトルオーディション【A-1】」の応援レポートを募集中とのことで今回私が奥羽園させていただくのはkoolさん


先日この方のツイートを拝見させて頂きジャンルは僕の大好きなhiphop


元々hiphop レゲェが大好きでこのオーディションにhiphopの人がいるのがすごく嬉しいです


Twitterアカウントを見るとバトルイベントにも結構出ていて


バトルイベントもhiphopなんで本当にhiphopはおくが深


HIPHOPと聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?


おそらくHIPHOPを聞かない人は、


「不良がやる音楽」
「ラップしている曲」
「柄が悪い」
というようなイメージや最近若者を中心にフリースタイルが流行っているので


「即興で韻を踏みながら相手を罵る」


なんてイメージの方もいるかと思います。


 


日本では


HIPHOP=ラップをする音楽ジャンル


を指す言葉という認識の人も多いと思いますが、


実はHIPHOPというのは


”ニューヨークに住んでいたアフリカ系アメリカ人から生まれた文化”


の総称です。


ヒップホップは、1970年代にニューヨークのブロンクス地区で開かれたブロック・パーティーにルーツのある、音楽・ダンス・ファッションを中心とする黒人文化である。80年代には、ヒップホップには三大要素があると言われていた。DJ、ブレイクダンス、グラフィティがその構成要素である。しかし現在では、ミュージシャンとしてのMCを加えた四大要素と言われている。ヒップは、とんでいる、ホップは跳躍するなどの意味がある。


ライターのスティーヴ・ヘイガーは、アフリカ・バンバータ[1]の、ラップ音楽やブレイクダンス、グラフィティ・アートを含めた黒人文化をヒップホップとした発言は、ヴィレッジ・ヴォイスで最初に活字になったものであると主張している。


  
ヒップホップなどのCDの一例、左上からエミネム、N.W.A、サウス・セントラル・カーテル、マシンガンケリー、モブ・ディープ、6ix9ine、アヴリル・ラヴィーン、ラキム、テイラー・スウィフト、ナズ、ギャング・スター、ドクター・ドレー、50セント。
概要[編集]
  
スプレー缶(エアロゾル)によるグラフィティ
単に「ヒップホップ」と呼んだ場合、サンプリングや打ち込みのバックトラックに、MCによるラップを乗せた音楽を指すことがあるが、これらはヒップホップ・ミュージックあるいはラップ・ミュージックと呼ぶのが正しい。これに「ブレイクダンス」と「グラフィティ」などを加えたものが本来のヒップホップである。ヒップホップにおいて、ラップ(MC)、DJプレイ、ブレイクダンス、グラフィティは四大要素と呼ばれる。


これらはアメリカのストリートギャング文化とも関係があるといわれ、抗争を無血に終わらせるために、銃や暴力の代わりとしてブレイクダンスやラップの優劣が争われた。ラップ、DJプレイ、ブレイクダンスには、フリースタイル・バトルと呼ばれる対決方式も存在する。その後、発祥地アメリカだけにとどまらず、ブレイクダンスを踊ったり、グラフィティをアートとしてとらえたり、ファッションにも影響を及ぼすなど、ヒップホップ文化は、欧米、日本をはじめ世界各国に広まった。


これにアフリカ・バンバータが加えた「知識」までを五大要素、さらにKRS・ワンが提唱した「ビートボックス」とストリート文化「言語」、「服装」、「起業精神」を含むと九大要素と呼ばれる[2]。


詳細[編集]
  
ラップするナズ
  
DJクール・ハーク
詳細は「ヒップホップミュージック」を参照
起源については諸説有るが、一般的に1970年代に生まれ、クール・ハーク[3](ブレイクビーツの発明者)、グランドマスター・フラッシュ[注 1](スクラッチ技術を普及)、アフリカ・バンバータ(ヒップホップという言葉の生みの親)らのDJたちの活躍によって、それまでのブロック・パーティを超えた音楽として広がり始めた。


曲調やダンス、ファッションなどのスタイルを、それぞれオールド・スクール(Old School、1970年代末 - 1980年代初頭)、ニュー・スクール(New School, 1990年代以降)と呼ぶ。オールド・スクールのラッパーにはグランドマスター・フラッシュ、トリーチャラス・スリー、スーパー・ウルフ[4] らがいた。1980年代後期 - 1990年代前期はラップの全盛期だったことから、特にゴールデンエイジ・ヒップホップと呼ばれる場合もある。日本では80年代半ばのラップをミドル・スクール(Middle School)と表現することがある。ミドル・スクールのラッパーには、Run-D.M.C.[5]、LLクールJ、UTFO、フーディニらがいた。


パブリック・エナミーやBDPのアルバムは、社会的意識の萌芽を予感させた。1980年代、ヒップホップは、ビートボックスのボーカルパーカッションテクニックを介して、人体を使用したリズムの作成も受け入れた。先駆者はダグ・E・フレッシュはだった。ダグ・E・フレッシュやビズ・マーキーは、自身の口と声、他の身体の部分を使用してビート、リズムを創造した。これらは「ヒューマンビートボックス」と呼ばれ、このジャンルのアーティストは、ターンテーブリズムのスクラッチやその他の楽器の音を歌ったり楽器の音を模倣したりした。


ミュージックビデオの登場はエンターテインメントを変えた。彼らはしばしば都会の近所を称賛しました。「プラネットロック」のミュージックビデオは、ヒップホップミュージシャン、グラフィティアーティスト、およびB-boyのサブカルチャーを紹介した。1982年から1985年の間に「ワイルドスタイル」、「ビートストリート」、「クラッシュグルーブ」、ブレイクダンス、「ドキュメンタリー・スタイル・ウォーズ」など、多くのヒップホップ関連の映画が上映された。1980年には、世界の若者の一部がヒップホップ文化を受け入れた。アメリカの都市コミュニティでは、ヒップホップのファッションが流行した。Run-D.M.C.[注 2]だけでなく、アイスT、ビッグ・ダディ・ケイン、ドクター・ドレイらも愛用した ゴールドのチェーン・アクセサリーや、ジャージとスニーカーなどが見られた。その後パブリック・エネミーやKRS1[6]のブギー・ダウン・プロダクションなどが登場した。


ニュー・スクール・ラップは、80年代末から90年代初頭まで流行した。ニュー・スクールのラッパーには、デ・ラ・ソウル[注 3]、ア・トライブ・コールド・クエスト、リーダーズ・オブ・ザ・ニュースクールらがいた。ファッションは、シルバーが流行した。またサイズの大きな衣服や、バギースタイルのパンツ(大きいサイズのダブついたズボン)を選び、腰履きで着るアーティストも見られた。大きい服を着るようになったのは、大きめのサイズの服を子供に提供しておけば、成長しても買い換える必要がないことなどが原因とされている。


別なカテゴライズとして、アーティストの出身地などから、ヒップホップ発祥の地であるニューヨークなどのアメリカ東海岸におけるイースト・コースト・サウンド、ロサンゼルスなどのアメリカ西海岸におけるウエスト・コースト・サウンド(ウエスト・サイド)といった、地域による分け方がある。ニューヨークのラップは、ジャズトラックを使用した楽曲もあり、対して初期のウエスト・コースト・サウンドは、ドクター・ドレー、スヌープ・ドッグらを中心としたGファンクと呼ばれる、Pファンクなどをサンプリングし、シンセサイザーなどの電子音を取り入れたトラックに、ギャングスタ・ラップをのせた。近年はサウス(南部)やミッドウエスト(中西部)と呼ばれるローカルサウンドも登場している。サウスのトラックは、バウンスビートが特徴である。ヒップホップのポピュラー化により、東海岸でギャングスタ・ラップをするものが現れた。


1990年代頃から東海岸を代表するディディ(パフ・ダディ)、ノトーリアス・B.I.G.擁するバッド・ボーイ・エンターテインメント(Bad Boy Entertainment)と、西海岸を代表するドクター・ドレー[注 4]、 スヌープ・ドッグ、2パック(出身はイースト・コーストではあるが、最盛期の活動場所はウエスト)らが所属するデス・ロウ・レーベルとの対立が象徴的であるように、両海岸のアーティストたちはお互いを威嚇、中傷し合った。それらの内容はラップの歌詞にも現れ、ギャングを巻き込んだ暴行、襲撃、発砲事件などに発展した。この東西抗争は、2パック、ノトーリアス・B.I.G.という両海岸を代表する有名ラッパーを、ともに銃撃事件で失う悲惨な結末を招いた。抗争はその後、個人間のビーフ(中傷合戦)を除いて、沈静化している。


ヒップホップ音楽の歴史[編集]
こちらを参照→ヒップホップ音楽の歴史
代表的なレコードレーベル[編集]
※五十音順


アフターマス・エンターテインメント
エンジョイ・レコーズ
キャッシュ・マネー・レコーズ
コールドチリン・レコード
ザ・インク・レコーズ
サンプ・レコーズ
ジャイブ・レコーズ
シュガー・ヒル・レコーズ
ソー・ソー・デフ・レコーディングス
デス・ロウ・レコード
デフ・ジャム・レコード
デリシャス・ヴァイナル・レコード
トミー・ボーイ・レコード
ノー・リミット・レコーズ
バッド・ボーイ・レコーズ
プライオリティ・レコーズ
プロファイル・レコード
ラウド・レコーズ
ロッカフェラ・レコード
ルースレス・レコード
ワイルド・ピッチ・レコード
サブジャンル[編集]
オールドスクール・ヒップホップ[編集]
70年代後半から80年代の黎明期のヒップホップを統括したジャンル。代表的なアーティストにシュガーヒル・ギャング、グランドマスター・フラッシュ[注 5]、クール・ハークなど。


ミドル・スクール[編集]
1980年代半ばのヒップホップを表す日本独自表現。アメリカではゴールデンエイジ・ヒップホップと呼ぶ場合もある。


ニュー・スクール[編集]
デラソウル、リーダーズ・オブ・ニュースクールなど。


ネクスト・スクール[編集]
エドOG&ダ・ブルドッグズやメイン・ソースなど。


ギャングスタ・ラップ[編集]
ギャング活動や犯罪行為について言及したジャンルで、歌詞の過激な内容が度々論争を引き起こす。ハードコア・ヒップホップとほぼ同義。


Gファンク[編集]
上記のギャングスタ・ラップから派生したジャンル。代表的なアーティストにドクター・ドレー、スヌープ・ドッグ、ウォーレンGなど。


サザン・ヒップホップ[編集]
南部ラップともいう。マスターP[注 6]、スリー6マフイアなど。


ヒップホップ・ソウル[編集]
ヒップホップのトラックの上に、新しいR&Bのメロディーを乗せたジャンル。代表的なアーティストにメアリー・j・ブライジらがいた。日本の宇多田ヒカルのサウンドも、このジャンルに属する。」


チカーノラップ[編集]
メキシコ系移民たちが中心になり勃興したジャンル。キッド・フロスト[注 7]、メローマン・エイスなど。


マイアミ・ベース[編集]
ルーク[注 8]や2ライブ・クルー[注 9]など。


ラガ・ヒップホップ/ダンスホール[編集]
シャバ・ランクス、ビーニー・マン、シャギー、ショーン・ポールらが活躍した。


その他のジャンル[編集]
クランク
90年代のシンセサイザーや重低音のベースを特徴のラップ。代表者はリル・ジョン、マシン・ガン・ケリーらがいる。


トラップ
90年代にクランクから派生したジャンル。代表者はドレイク、カーディーB、XXXテンタシオン、トラヴィス・スコットなど。


エモ・ラップ
2010年代にエモとラップを融合させたジャンル。代表者はXXXテンタシオン[注 10]など。


音楽用語[編集]
Bボーイ
「Bボーイ (B-Boy)」はブレイクする者、突破していく少年の意味。ブレイクダンサーの事も指す。この言葉は、クール・ハークが作り出したとされ、ブロックパーティなどでブレイクビーツを流すと踊りだすダンサーの事を、「ブレイク・ボーイ (Break-Boy)」あるいは「Bボーイング (B-Boying)」と呼んだ事に由来する。詳細はBボーイを参照。
ヒップホッパー
日本では「ヒップホッパー (hip hopper)」という言葉は「ヒップホップ文化に没頭する人」と解釈される。しかし、KRS・ワンなどによると、本来は「ヒップホップの四大要素全てが優れていて、筋金入りのヒップホップ育ちのような人」を指す。
「日本のヒップホップ」も参照
代表的なアーティスト[編集]
MC[編集]
「Category:アメリカ合衆国のラッパー」および「日本のヒップホップMC一覧」を参照
DJ[編集]
クール・ハーク
グランドマスター・フラッシュ
アフリカ・バンバータ
マーリー・マール
ピート・ロック
Q-Bert
DJプレミア
グラフィティ・アーティスト[編集]
ジャン=ミシェル・バスキア
キース・ヘリング
PHASE 2
ヒップホップ関連映画[編集]
※印は日本劇場未公開作品


ワイルド・スタイル(1982年)
ビート・ストリート[注 11](1984年)※
スタイル・ウォーズ(1984年)※
ブレイクダンス - Breakin' (1984年)
ブレイクダンス2/ブーガルビートでT.K.O! - Electric-Boogaloo Is Breakin' 2 (1984年)
クラッシュ・グルーブ (1985年)※
タファー・ザン・レザー (1988年)※
ドゥ・ザ・ライト・シング(1989年)
ハウス・パーティー (1990年)
ハウス・パーティー2 (1991年)
ニュー・ジャック・シティ (1991年)
ボーイズン・ザ・フッド (1991年)
ジュース(1992年)
ポエティック・ジャスティス (1993年)
ポケットいっぱいの涙 - メナスIIソサエティ(1993年)
ビート・オブ・ダンク - アバーブ・ザ・リム (1994年)※
ジェイソンズ・リリック(1994年)[7]
マーダー・ワズ・ザ・ケイス(1994年)
ハウス・パーティー3 - (1994年)
クルックリン - (1994年)
パンサー - (1995年)
クロッカーズ - Clockers (1995年)
フライディ (1996年)
スラム - Slam (1998年)
ロミオ・マスト・ダイ - Romeo Must Die (2000年)
トレーニング デイ - Training Day (2001年)
セイブ・ザ・ラスト・ダンス - Save The Last Dance (2001年)
サウスセントラルLA - BABY BOY(2002年)
ブラウン・シュガー - Brown Sugar (2002年)※
ユー・ガット・サーブド - You Got Served (2003年)※
ブラック・ダイヤモンド - Cradle 2 The Grave (2003年)
ダンス・レボリューション - Hunny (2003年)
クリップス - Redemption: The Stan Tookie Williams Story (2004年)※
ハッスル&フロウ “Hustle & Flow” (2005年)
スピリット・ボクシング - Shackles (2005年)※
コーチ・カーター - Coach Carter (2005年)
ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン - Get Rich or Die Tryin' (2005年)
ATL - ATL (2006年)※
ストレイト・アウタ・コンプトン Straight Outta Compton (2015年)
脚注[編集]
[脚注の使い方]
注釈[編集]
^ 79年にはエンジョイ・レコードから作品を発表し、82年の「ザ・メッセージ」はニューヨーク周辺だけで50万枚以上のヒットになった。
^ 「ウォーク・ジズ・ウェイ」が大ヒットした。
^ 89年に「ミー、マイセルフ&アイ」がR&Bヒットとなった。
^ 92年の「ナッシン・バット・ア・Gサング」が93年にヒットした。
^ 82年に「ザ・メセージ」がNY周辺で50万枚売れたとされる。
^ 97年に「アイ・ミス・マイ・ホーミーズ」がポップでもクロスオーバー・ヒットとなった。
^ 90年に「ラ・ラーサ」がヒトした。
^ もともとはルーク・スカイウォーカーを名乗っていたが、苦情が入りルークに改名した。
^ 曲が放送禁止になったことあり。
^ 2018年に射殺された。享年20歳。
^ アフリカ・バンバータらが出演。
出典[編集]
^ http://www.discogs.com/ja/artist/17531-Afrika-Bambaataa
^ Nelson George. Hip Hop America. ISBN 978-0143035152
^ Chang, Jeff; DJ Kool Herc (2005). Can't Stop Won't Stop: A History of the Hip-Hop Generation. Macmillan. ISBN 978-0-312-30143-9.
^ https://www.allmusic.com/artist/super-wolf-mn0000751273 | title=Super Wolf 
^ Augustin K. Sedgewick (2002年11月6日). “Run-D.M.C. Call It Quits”. RollingStone. 2015年4月9日閲覧。
^ “Pop/Jazz; Rap Leads to Respectability and Academia for KRS-One(Nov. 17, 1989)”. The New York Times 2019年5月20日閲覧。
^ ジェイソンズ・リリック 2022年2月28日閲覧
書籍[編集]
ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]:ジェフ・チャン、 DJクール・ハーク著:リットー・ミュージック
HIP HOP:ダースレイダー著、シンコー・ミュージック
ラップ・イヤー・ブック:アイスT


 


僕は日本語ラップ/和製HIPHOPを中心にですが、かれこれ10年ほどHIPHOPを愛聴してきました。


そしてHIPHOPは良い意味で大きく僕の人生を変えてくれました。


B-BOYにはなりませんでしたが笑


HIPHIPは上記でイメージを聞いた通り、そのルックスから非常に勘違いされやすい文化です。


また


「韻を踏んでるだけ」
「何を言ってるのかわからない」
なんて世間では言われがちですし、HIPHOPの歴史や名曲を知った上でないとリリックやサンプリングの意味を理解できないという奥深く難解な一面もあります。


この勘違いされやすいHIPHOPという文化をまずは歴史的な背景から3つの切り口で書いていこうと思います。


①HIPHOP 始まりと精神性
②貧しさから生まれた創造性
③アンダーグラウンドヒップホップとは



 


目次
①HIPHOPとは / はじまりと精神性
「争うのなら、その文化で争えば血は流れない」
貧困層から生まれたHIPHOPの文化は、
①HIPHOPとは / はじまりと精神性


HIPHOPは文化と言いましたが、大きく分けると下記4要素に分けられます。


DJ
BREAK DANCE
RAP
GRAFFITI
そして前述した通り発祥の地はニューヨークのサウスブロンクス。


アフリカ系アメリカ人が多く住んでいる治安が悪く、貧困層が多く住む地域です。



お金のかかるディスコにいけなかったサウスブロンクス周辺の住民たちは公園や街頭(パブリック/ストリート)のスペースに集まり、音楽を流しそれに合わせて踊る形で自然発生的に野外イベントが始まりました。


 



これが俗に言う「ブロック・パーティ」です。「ブロック」とは住んでいた居住区の区画を指します。



1973年、ジャマイカ系移民のDJクール・ハークが路上で2台のターンテーブルを回し爆音でレコードをかけたのが「ヒップホップの誕生」と言われています。



「ヒップホップの父」と呼ばれるこのDJは、同じ2枚のレコードの歌のない間奏部分(=ブレイクビート)を分離して、その部分だけ再生することでビートの部分を長くすることに成功しました。



このブレイクビートと、ハードファンク、ロック、ラテン打楽器演奏を組み合わせる事によってヒップホップ音楽の基盤を造り上げ、このブレイクビートに合わせて踊るダンス(=ブレイクダンス)が誕生しました。


 



今流行りのフリースタイルのように、当時のダンサーも順番に競ってダンスを披露するダンスバトルによりブレイクダンスはどんどん発展していきました。



またダンスだけでなくこのブレイクビートにマイクパフォーマンスを載せることによりラップが誕生します。


なので、まずはじめにDJ(=ブレイクビーツ)が生まれ、その上にダンスとラップが載ってきた形です。



最後に4つ目のグラフィティーですが、再度この地域の歴史的背景を先に説明させていただきます。



1970年代、ニューヨークのスラム街はその貧困ゆえにドラッグの蔓延や暴力事件が後を立ちませんでした。


その大きな原因の一つはストリートギャング間の抗争です。



1973年に結成された”The Zulu Nation”はこの抗争やアフリカンアメリカンやヒスパニックなどの人種差別や貧困に苦しむ者同士の悲しい争いを無血で解決するため、


「争うのなら、その文化で争えば血は流れない」


という思想を音楽(ブレイクビーツ&ラップ)で表現しました。


このメッセージに多くの人々が心を打たれ、ギャングたちはクルーと名前を変え、抗争ではなくダンスやラップの表現で争うダンスバトル、フリースタイルラップバトル、そしてラップソングとして広まっていきました。



そしてそのクルー名を広める手段や縄張りの主張、時には情報伝達や交換のためグラフィティアートが発展し、路上の壁や地下鉄の車体などにタグ(クルー名やそのクルーの出身地)をスプレーで描く文化となっていきました。


 



ちなみにグラフィティ(=落書き)自体はHIPHOP以前より存在しましたが、HIPHOPの文化や広がりと混ざり合い発展したためHIPHOPの4大要素となりました。



ラッパーたちがよく自分の生まれ育った場所やクルーの名前を代表/表現(=レペゼン)しているのもこの文化から来ています。



貧困層から生まれたHIPHOPの文化は、


その貧困ゆえに生まれていた争いの解決策にまで発展していたんです。


ただ悪さや強さをアピールしていたわけじゃなかったんです。



この話だけでもHIPHOPの見方が少し変わってきませんか?



ちなみにこの”The Zulu Nation”は



”Peace(平和)
Love(愛)
Unity(結束)
Having Fun(楽しむこと)”
を信条としていて、


これがよくラッパーたちが言っている


”HIPHOP”の根本にある精神と言われています。



そしてThe Zulu Nationを作ったアフリカ・バンバータはDJ, RAP, Break Dance, Grafittyの4要素にKnowledge(知識)を足してHIPHOPと名付けました。



なぜ「知識」かというとHIPHOPを駆使し貧しさから這い上がるためには知識(知恵)が不可欠であり、それを磨くことで成功を収め仲間との信頼関係や家族を愛す/守ることができるためです。



知識を身につけるというのがHIPHOPを体現するための重要な要素として説かれているのです。



柄が悪いどころかすごく暖かくて、真っ直ぐで、平和的ですよね。(もちろん暗い部分も多くありますが…)


このHIPHOPの誕生をラップしてくれている鎮座ドープネスの曲があるので、リリックと合わせて紹介させていただきます。


圧巻ですので、ぜひご覧ください!


 


 


“1970年代初頭 アメリカはニューヨーク サウス・ブロンクス
そこは貧困やドラッグ ストリートギャング に溢れたゲットー地区
巷でディスコが流行 サタデーナイトフィーバー トラボルタ
金が無い連中はディスコに行けず みんな公園に集まった
誰かが家から持ってきた ターンテーブルこと レコードプレイヤー
ディスコ ミキサー スピーカー 電源は街灯の コンセントに差し込んだ
レコードとダンサーは くるくる回り 街を埋め尽くすグラフティ
ラップをしだしたMC これがいわゆるブロックパーティ
ここでキーマンとなる 3人のDJを紹介 まずクールハーク
ソウル・ファンク などのレコードを二枚使い ブレークビーツを取り出した
お次にグランドマスター フラッシュ スクラッチを極めた エンターテイナー
フィリアスファイブ 「ザ・メッセージ」は名曲 B・BOYには言わずもがな
最後にアフリカ・バンバータ ギャング集団 ブラック・スペイズのリーダー
だった彼は70年代半ば DJ・MC・ダンサーがいた
引き連れ結成 ズールネーション
知識・自由・平和・愛を提唱 正真正銘ゴッドファーザー HIPHOPの名付け親”


HIPHOP / 鎮座DOPENESS


いかがでしたでしょうか。


HIPHOPの始まりと精神性についた書かせていただきました。


これを理解してフリースタイルバトルや楽曲を聞くとまた違った深さで楽しむことができるかなと思います。


次にHIPHOPにより生まれたスタイルについてに少し説明を加えていきたいと思います。


HIPHOPは貧しさや白人社会からの差別の中からクリエイティブな発想により文化として発展していきました。



今アメリカで起こっている #BlackLivesMatter のデモでの訴えからも黒人の奴隷や差別の歴史の根深さを感じ取れると思いますが、直接的に訴えると捕まってしまうリスクがあったからこそアートという方法で社会に訴えていきました。


 


日本でもおなじみのB系、いわゆるB-BOYはいつもダボダボの服をきていますよね。


日本では一つのファッションスタイルとして捉えられている面もあるかもしれませんが、元々ダボダボの服には下記のような理由や説があります。



・お金のなかった黒人家庭では兄弟のお下がりを着るので必然的にオーバーサイズになったり、子供が成長に伴い服が着れなくならないように予め大きなサイズを買っていた


・刑務所の中で黒人が脱走しないように囚人には動きにくいダボダボの服を与えていた。またベルトがあるとそれを武器にして看守に反抗する可能性があったため与えなかった結果、動くと自然にズボンが下がる腰パンスタイルとなった


・喧嘩や抗争が絶えない環境の中で大きめの服を着ることで、体のラインを見せず自分を大きく見せたり暗に武器を隠し持ってる可能性があると見せることで身を守っていた


・ブレイクダンスをするとき大きめの服を着ると派手でダイナミックな動きに見えるため大きめの服を着ていた


ブレイクダンスの理由を除き、他はものすごく貧困や刑務所など外的要因からこのスタイルが生まれたのがわかりますよね。



また楽器を買うお金がなかったためターンテーブルとレコードさえあれば成り立つ音楽スタイルとなったり、韻を踏みフロウをつけることやボイスパーカッションにより声すらも楽器にする彼らのスタイルはまさしくクリエイティブだと思います。



グラフィティ(落書き)では公共物に描くこと自体が犯罪行為なので、如何に早くスプレーを使いマーキングし立ち去るのかという時間をかけて絵を描くことは真逆のベクトルでアートとして発展していきました。


 



ヒップホップは反抗の文化とよく言われますが、このように持たざる者側の彼らが発想と工夫により社会的メッセージを発信し、社会を変革してきたことこそまさしくHIPHOPでありカウンターカルチャーだなと思います。



黒人やヒスパニックに対する差別や偏見がまだまだ強く残っていた中始まったHIPHOPは、1980年代以降に商業的にも大きな成功をおさめ、その勢いは現在その精神性を引き継ぎつつグローバルな広がりをみせています。


日本でも今ものすごく流行ってますよね。


少しファッションの話に戻りますが、成功を収めたラッパーたちはその後成り上がった証として下記のようなスタイルも作ってきました。


そのスタイルとなった理由を含めご紹介します。


成功したラッパーのティピカルなスタイル


 


ステッカーを剥がさないNEW ERA ・・・お下がりが多く新品を買えなかった名残で、新品で購入した証となるステッカーを貼りっぱなしにしていた。


ブリンブリン(大きな金のネックレス)・・・高価な金のネックレスをすることで彼らの富、成功、業績、勤勉さ、喜びなどを表しています。


白いTシャツ・・・汚れたらすぐに着れなくなってしまう白いTシャツを着ることは、貧困から抜け出して成功した証として役割をしています。
HIPHOPのMVを見ているとさらに高級車やサングラスもよく目にしますよね。


貧困から抜け出したラッパーたちはそれらを持つこと自体が一つの成り上がった証明であり、HIPHOP以外で成り上がる(=Make Money)ことが難しい環境の人達の希望になりました。


最後にこの記事の内容を深めることができるラッパーに焦点が当てられている映画をいくつかご紹介します。いくつかはAmazon Primeに入って入れば無料でみれますのでご興味あれば見てみてください。


ALL EYES ON ME (2pac)



オール・アイズ・オン・ミー(字幕版)www.amazon.co.jp400円(2020年06月11日 14:52時点 詳しくはこちら)
Amazon.co.jpで購入する
N.W.A & EAZY-E キングス・オブ・コンプトン



https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B01EWNQ2K2/ref=atv_dp_b07_det_c_Z0r2A3_1_2



Get Rich or Die Tryin’ (50cents



https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00HN0EIT4/ref=atv_dp_b01_det_c_Z0r2A3_1_2



NOTORIOUS (Notorious B.I.G)



https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00G0F06R6/ref=atv_dp_b01_det_c_Z0r2A3_1_1



TIME IS ILL MATIC / NAS



https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00XV2WZJI/ref=atv_dp_b00_det_c_Z0r2A3_1_5



黒人ラッパーの映画を見ると本当に過酷な生活の中から抜け出し成功するので、日本では考えられないほど波乱万丈です。


Black Lives Matter のデモが起こっている今こそ、映画をみてみるとその現実を感じることができます。


余談ですが、日本のHIPHIPでもいかにHIPHOPを体現しているかがフリースタイルバトルや楽曲、音楽活動の評価の一つの軸となっています。


そしてアメリカのHIPHOPのような振る舞い、即ちブリンブリンをつけて、タトゥーを入れて、高級車に乗り、クルーと一緒にセクシーな女の子と楽しむようなMVが日本でもよくあります。


これには


「日本とアメリカは文化や貧困のレベルが違うから、そこを真似るのはダサい。」


などと賛否両論あります。


僕も正直見た目だけにこだわったり悪いこと自慢してる音楽はダサいと思いますが、ご存知の通り最近では日本でも貧富の差が広がってきております。


実際に舐達麻(熊谷)やBAD HOP(川崎)のリリックや彼らの育った環境をインタビューなどで見聞きするとニュースには映らない日本のリアル(現実)を知ることができます。


そして彼らのスタイルはその日本のリアルを反映したスタイルなのかなと思います。


またフリースタイルを遊びでもやったことがある人ならわかると思いますが、自分の強い信念やメッセージがないと即興で長い時間ラップをすることは困難です。


そして適当な軽い言葉でラップをしていてはすぐにディスの対象となります。


売れているラッパーは外見より信念に強いこだわりを持っているケースがほとんどなので、一概に外見だけで判断せずにまずはリリックに耳を傾けることをお勧めします。


まあ実際に悪いこと自慢で終わってるラッパーも多くみますが^^;


HIPHOPは持たざる者の文化なので、今の日本でこそ力強く輝きや魅力を放っているのは間違いないと思います


最後に僕がHIPHOPが好きな一番の理由でもある


Underground HIPHOP


とその歴史や精神性について書いていきます。


これを知ることにより、フリースタイルでもよくディスの対象となる


お前のスタイルはHIPHOPじゃない
客に媚び売るセルアウトが!
俺は正真正銘リアルなMC お前はただのWACKなラッパー
上記のようなディスの意味がより深く理解できるようになるのでぜひ読んでみてください。



とは言いつも、正直に言ってラッパーやリスナーによっても「HIPHOP」や「アングラ」の定義はまちまちであり好みが別れるとこでもあります。


あくまで僕の一解釈と嗜好としてお読みください。


(僕自身この定義に関しての論争は望んでません。それぞれのHIPHOPを磨いていきましょう。笑)



 


そもそもなぜこんなにもアンダーグラウンドという言葉がHIPHOPにはつきものなのか?


それはHIPHOPを生み出したアフリカンアメリカンたちの暗い歴史があります。


また #BlackLivesMatter のデモの理由の根っこの部分でもあります。


アメリカには黒人達を奴隷として働かていたという暗い過去があります。


そして当然その辛い生活から逃げようとした黒人達も多くいました。



奴隷主は黒人が逃亡し見つけられなかった際、


「彼らは地下鉄道を使い逃げたに違いない」


と言っていたそうです。



この逃亡に使った地下鉄道を英語では「Underground railroad」と言います。


 



その為、不平等な政府や制度から自由(freedom)を勝ち取るための逃走(flight)および闘争(fight)の一連のアクションをアンダーグラウンドと呼称するようになりました。



なので奴隷にされ貧しい生活をしていた民族が創造性を駆使し、自分たちの言葉(スラング)やテクニックを武器に文化を生み出し、その彼らの日常を表現することでそこから抜け出すスタイルこそがアンダーグラウンドなのです。



日本ではヒップホップのライブがよく地下で行われることからもアンダーグラウンドと言われますが、こんな歴史があったんですね。



有名な2pacも「Underground Railroad」というアルバムを出しています。



 


前回の記事で書きましたが「All Eyes On Me」という2pacの映画もおすすめで、Amazon Primeで無料で見れるのでよかったらみてみてください^^



ここからは実際のアンダーグラウンドHIPHOPの実際の音楽活動をイヴォンヌ・バイノーの「ラップ・ヒップホップ文化百科事典」のアンダーグラウンドの定義を引用させて頂き、そこから掘り下げていこうと思います。


アンダーグラウンドとは、



”「主要なレコード会社と関わりを持たないラップ音楽を表す用語。または、アメリカ全土で展開しているが、通常ラジオやミュージックビデオ番組といった商業的な娯楽販路で販売促進されていない。より多様でしばしば社会意識の高いラップ音楽やヒップホップ文化を示す用語」”です。


from イヴォンヌ・バイノー / ラップ・ヒップホップ文化百科事典 
まず下記の前半の部分ですが、


”主要なレコード会社と関わりを持たないラップ音楽を表す用語。または、アメリカ全土で展開しているが、通常ラジオやミュージックビデオ番組といった商業的な娯楽販路で販売促進されていない。”


簡単にいうと大手レーベルに属すか、自主レーベル、もしくは規模の小さいローカルレーベルに属すかという違いです。



今でこそyoutubeがあれば曲やMVが発信でき、楽曲が良けれなSNS上でシェアされ一気に広がるなんてこともありますが、youtubeが出てくるまで殆どの人はTVかラジオにより音楽の情報を得ていました。



なので、


「俺音楽で食って行きたいんだ!」



といって田舎からギター一本で上京するアーティスト志望と同様に、音楽で有名になりたければ大手レーベルに入ることが近道且つ王道でした。



大雑把に説明をすれば、もし大手レーベルに属せばアーティストは作詞作曲以外のことはほとんど大手レーベルに任せることができます。(もちろんアーティストとの相談の上でですが)


すなわち、


レコーディング
ミックス/マスタリング
CDのプレス
CD/レコードの流通/販売
CD/レコードの発売やライブの告知
ライブの日程、場所、移動の調整
等々をサポートしてもらえます。


これをやってもらうからといって絶対に売れるわけではありませんが、このサポートなしで音楽的に成功することは非常に困難であり、たくさんのお金がかかります。



しかし上記のようなサポートを受けず、作詞・作曲に加え音楽活動の諸々を行うことこそが一つ目のアンダーグラウンドの定義なのです。


そして自分たちでそういった活動をする手法を


日曜大工手法(Do-It-Yourself = DIY)



と言います。


次にアンダーグラウンドの2つ目の定義ですが、大手と自主レーベルどちらでやっていくかという外側の部分から、その上で何を表現するかという内側の部分に焦点が当てられていきます。


”より多様でしばしば社会意識の高いラップ音楽やヒップホップ文化を示す用語”


大手レーベルに入ることで当然制限されることは多くあります。


それは例えば


・TVやラジオに流れるからこそ、暴力的な表現やその時代の黒人生活に深く根付いていた人種差別、貧困、ドラッグなどのリアルなトピックをリリックとして扱えない


・どのくらいの期間でアルバムを出さないといけないというような時間的制約をレーベルから受ける


・自分の意志や表現に則さないドラマ等のタイアップ曲を無理やりにでも書かないといけない


・サポート分として売り上げの大きな手数料を持っていかれる
などです。


これが時にレコ社の飼い犬なんてディスられることもあります。



しかし、組織に属しサポートしてもらい定期的にお金をもらっている以上逃れられない現実でもあります。



また表現したい内容がTVやラジオで表現可能な枠にあるアーティストに関してはあまりしがらみにならない場合もあります。



アンダーグラウンド/DIY制作の魅力はまさしく上記4つとは真逆のスタイルです。


 


彼らの日常のリアル(現実、真実)を自分たちのペースで信念を曲げずに作り、その対価をしっかりと獲得(=make money)することにあります。



またテレビやラジオなどのメインメディアに中々露出できないからこそ、小さなライブを繰り返し、作品や言葉の力を信じて口伝て(word of mouth)で広げていくスタイルこそがアンダーグラウンドのかっこいい良さであり美学なのです。


しかし当然これを行い成功するには


・押韻(ライミング)
・フローとリズム
・詩的表現(リリシズム)
・コールアンドレスポンス(リスナーとやりとりするマイクパフォーマンス)
等のスキルが必要になります。



この4つの技術を身につけ言葉を巧みに扱うラッパーこそがエンターテイナーの枠を越え、


MC(=アーティスト、芸術家)


となることができるのです。


ちなみにこのMCとは、


Master of Ceremony (司会)
Move the crowd (群衆を動かす)
Mic Control 
の頭文字の略称と使われています。


長くなってしまいましたがこの違いがディスの対象となってくるのです。


なので、「お前はリアルなMCじゃない」というディスには



「お前は路上の真実を歌わずに享楽主義の無知なリスナーに向け売れ線のリリックばかり書いてるHiphopの精神を忘れてしまったただのエンターテイナーだ!」



という意味が含まれているわけです。


ここまで言っちゃうと過大解釈となってしまうかも知れませんが,,,笑


いかがだったでしょうか。


歴史的背景や彼らの類稀なる努力の上に発展してきたHIPHOP文化の魅力が少しでもみなさんに伝わってくれていれば嬉しいです。


HIP HOPとはなにか、ラップとの違いは?四大要素に「ブログ」も加えてほしい!ラップと同じく、言葉で人の心を動かしたい!
2021年10月9日
 
HIP HOPとは何か?よく耳にするけど、分かったような分からんような、という方も多いのでは?僕自身よく質問されるのが、


 


 


 Mr.Somebody
HIP HOPとラップはどこが違うの?
 


 


HIP HOPは文化で、ラップは歌唱法です。ラップ、ブレイクダンス、DJ、グラフィティという4つの要素からなるカルチャーがHIP HOPなのです。


 


アイドルがしているラップはそういう歌い方をしているだけで、HIP HOPとはちょっと違うんですね。そして僕から、ブログもHIP HOPの要素に加えるということを提案したい。


 


HIP HOPという文化は100人いれば100通りの定義があります。ちなみに僕の定義は「自己肯定」です。是非このカルチャーに触れてみて下さい、あなたなりの価値を見出せますよ。


 


 


 Mr.Somebody
・HIP HOPってなに?
・HIP HOPのカルチャーが好き!
 


 


という人にむけて書きました。


 


最初に結論から!


 


この記事のまとめ


HIP HOPはカルチャー、ラップはHIP HOPの一要素である
HIP HOPの定義は人ぞれぞれ、僕の場合は「自己肯定」
HIP HOPには人を救う力がある、僕も救われた1人
 
 


 


 


目次 [hide]


ラッパーへの絶大な憧れがあるんです
そもそもHIP HOPとは?
「ブログ」もHIP HOPの要素にしませんか?
HIP HOPに僕は救われてきたのだ
【関連記事】日本語ラップはダサくない
【関連記事】音楽映画でHIP HOPを知ろう!
まとめ関連
 
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ラッパーへの絶大な憧れがあるんです
 


世のサッカー少年がサッカー選手に憧れているように、野球少年が野球選手に憧れているように、全ての男が範馬勇次郎に憧れているように、僕はラッパーに憧れているんです。


 


ラッパーは最高にクールです。バンドマンももちろんかっこいい、楽器演奏ができるのもイケている。ただ僕の中でラッパーは別格なのです。


 


なぜラッパーはかっこいいのか。無理やり理屈つけをすると、


 


自分自身をコンテンツ化できている
言葉のみで、自分のことから社会問題まで、幅広く表現している
歌詞を自分で書いている
ファッションがかっこいい
自分を貫いて生きている
 


などでしょうか。日本だけにとどまらず、ラッパーは自分に自信を持って生きているんですね。その生き様にシビれるわけです。


 


ラッパーは曲のリリック(歌詞)は自分で書くのが基本なんですね。ここも良い!作詞家に頼む、ゴーストライターに頼む、こんなんは御法度です。


 
 


自分の思いや生い立ちや感じていることを、自分の言葉で表現する。これがかっこいい。お偉いさんの頭は借りない、自分と向き合い、自分の中から生み出す。


 


 


 


 


 Mr.Somebody
言いたいことなくなるまで歌うぜ
 


 


ってラッパーのGADOROも言っていた。リリックの中身は自分の分身、どの口が何言うかが肝心。 


 


 www.bit-corleone.com


 


僕がラッパーという存在を強烈に意識し出したのは、大学受験に失敗し、浪人生になった頃。音楽は好きで、よく聴いていたんですね。日本語ラップは全く聴いていなくて、海外のラップはちょくちょく聴いていたくらい。


 
 


音楽にハマりだしたのが2009年とかかな、2010年になり、「2000年代ベスト盤」みたいな特集があったんです。それを読んだ時に、思った感想。


 


 


 僕
このランキング、やたらエミネムって人が入ってんな・・・
 


 


試しに聴いてそこからどハマりしたんです。そして浪人生になる直前の春休みに、「8MILE」を観たんですね。


 


 


 


 


 僕
エミネムめっちゃかっこええ、ラッパーって超かっこいい!
 


 


となったと。それまでの負け犬人生をひっくり返す系の映画としてもかなりの秀作。「ラッパーはクールな存在」として、これから話を進めていきます。


 


 


 Mr.Somebody
ラップってダサくね?
 


 


と思っているヘイターは、Check it nowです。黙って「8MILE」を観ましょう。そうすりゃ、自然とマイクを握りたくなってきます。


 


 


8マイル(字幕版)


発売日: 2013/11/26
メディア: Prime Video
 
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そもそもHIP HOPとは?
 


(https://www.kicross.com/history/roots/より引用)


 


 Mr.Somebody
HIP HOPとは何ですか?
 


 


と言う方も多いと思います。よく耳にはするけど、今ひとつよく分かっていないなんてこともあるのでは。


 


ざっくり言えば、「カルチャー」です。ラップ、ブレイクダンス、DJ、グラフィティという4つの要素からなるカルチャーの集合体がHIP HOPです。


 


ちなみにグラフィティというのは、壁にスプレーなどで書かれた絵のことです。高架下とかでたまに見るやつですね。オシャレな地区では、お店のシャッターに書かれていることも多いです。


 


 


 


アゲハ蝶とか、メリッサとか、アポロとか、そういうのとは一切関係ありません。


 


「アート」とかと似ているかも。アートはカルチャーとして存在していて、絵画も、写真も、彫像なんかもアートととして括られていますよね。あんな感じ。


 


HIP HOPの歴史としては、誕生したのが1970年代中頃。HIP HOPには誕生日があるんです。1973年8月11日、ジャマイカ出身のDJ、Kool Herc(クールハーク)がニューヨークのブロンクスで行われたパーティーでヒップホップ音楽の原本となる新しいスタイルを生み出した日とされています。


 


HIP HOPとラップについては、この本が最もオススメ。固有名詞も多いので、世界史の教科書感覚で読み込みましょう。


 


 


ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門


作者:宇多丸,高橋 芳朗,DJ YANATAKE,渡辺志保
発売日: 2018/10/30
メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
 


別にそこまで重要ではないので、「ふーん」くらいでOKです。HIP HOPはアラフィフなんですね、あなたのことをいびってくる職場の上司と年齢そこまで変わらないのでは!?


 


たまに質問されるのが、


 


 


 Mr.Somebody
HIP HOPとラップは何が違うの?
 


 


という質問もこれで解決ですね。ラップはHIP HOPという文化の1要素なんだよ、ということになります。「ボン・ジョヴィとジョン・ボン・ジョヴィの違いって何?」という質問と同じですね。


 


 


 僕の友達
ボン・ジョヴィはアメリカのバンドで、ジョン・ボン・ジョヴィはそのバンドのリーダー。リーダーが自分の名前をバンド名にしたんだな。というか、分かりづらい例え使うな!
 


 


 


 僕
ごめんごめん。「ミスチルと桜井和寿は何が違うの?」くらいにしておけば良かったな。ジョン・ボン・ジョヴィの自意識の高さ見くびってたわ。
 


 


 


 僕の友達
まぁ、ダレン・シャンと良い勝負だな。
 


 


他にもされた質問として、


 


 


 Mr.Somebody
嵐の櫻井翔くんがしているのはHIP HOPなの?
 


 


なんてのもありました。


 


 


 僕
あれはラップをしているだけだ!HIP HOPじゃねぇ!!
 


 


とバイブス満タンで返答しました。ファンの皆様ごめんなさい。


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「ブログ」もHIP HOPの要素にしませんか?
 


ここで僕から提案なんですが、HIP HOPの中にブログも入れてほしい。HIP HOPの定義自体を変えるのが難しいのであれば、ストリートカルチャーに加えてほしい。


 


スケボーとかの仲間として、ブログも入れてほしい。ストリートフォトグラファーとかもいるやん。ストリートブロガーっていうジャンルを作って、ブログも路上の文化の仲間にしてほしい。


 


「ブログは家の中で書いているじゃないか!」と批判が来ても、「外で起こったことを、家の中で書いています」と屁理屈をこねたい。


 


 


 


先日のZORNの武道館ライブで、最後のMCでこう言っていました。


 


 


 Mr.Somebody
HIP HOPって100人いれば100通りの定義がある。オレにとっては「人生」だ!
 


 


そう言って、「My Life」を披露してライブが終わる。


 


 


 
youtu.be 


 


考える。僕にとって、HIP HOPとはなにか。すぐに答えは出た、というかずっと前から出ていた。もう一度考えても、その答えに変わりはなかった。


HIP HOPは「自己肯定」だ。これまでの自分、これからの自分、恥ずかしいところも、成功したところも、全て受け入れる。そうして、「オレはオレだ」と胸を張る。これが僕にとってHIP HOP。


 


 www.bit-corleone.com


 


ブログを書くことで人生が楽しくなった。職場でイカれた上司や同僚がいても、ブログのネタとして昇華することで乗り越えれた。


 


どんな仕事をする時でも、「丁寧にやれ」とだけ指示する。そうしてどこかで失敗したら、


 


 


 Mr.Somebody
オレがあれだけ丁寧やれと言っただろ!
 


 


とキレてくる上司もいた。具体性のないアドバイスをさせたら天下一だった。マネジメント能力が低すぎて、僕は陰で「逆ドラッカー」と言っていた。「もしドラ」風に言えば、「逆ドラ」。


 


自分の考えに自信が持てた。仕事を嫌々やる日が多くても、それが自分なんだと開き直れた。偏見ばかり書いていて、持論ばかりを展開して言いる僕のブログを毎日誰かしら読んでくれている。


 


こんなに嬉しいことはない。ブログは僕にとって、自己肯定だったし、これからもそうだ。自分が自分であることを誇る、そのために僕は今もキーボードを叩いている。


 


ZORNの名パンチライン「洗濯物を干すのもHIP HOP」。


 


僕はアンサーしたい。


 


 


 僕
ブログを書くのもHIP HOP!
 


 


会社の人間関係に中指を立てて、働くことを面倒くさがったブログを書いていても、それがHIP HOPなのだと信じる。その結果、見捨てられ、洗濯物でなくて僕が干されたとしても、それもまたHIP HOPなのだ。 


HIP HOPに僕は救われてきたのだ
 


思えば20代の途中あたりからHIP HOP、特に日本語ラップに助けられてきた人生でした。大学3回生の時に、必修単位を落として留年。この時はずっとRhymester(ライムスター)を聴き続けていたっけ。


 


特に「ダーティサイエンス」は何回聴いたか分かんないくらい聴きましたね。人生を変えてくれた、それも良い方向に変えてくれた僕の人生を語る上で切っても切れない一枚。


 


 


ダーティーサイエンス


アーティスト:ライムスター,キエるマキュウ
発売日: 2013/01/30
メディア: CD
 
 


色々な日本語ラップを聴いていますが、就職活動中に聴いていたのが最もよく聴いてのがANARCHY(アナーキー)でした。


 


浪人して、留年もして、周りの就活生と比べて年齢は2個上だったのです。留年していると、予想以上に苦しい闘いでした。始めてする就職活動に最初からハンデを抱えて挑むのは、気が進まないもの。


 www.bit-corleone.com


 


そんな僕の背中を押してくれたのが、アナーキーだったんです。京都の団地から、学歴も何もないが、己のガッツとラップの腕だけで成り上がったラッパー。


 


ちゃんと大学まで来て、前科もない、こんな環境で嘆いている自分がバカらしく思えるほどの威力のある曲にやられました。


 


 


ROB THE WORLD


アーティスト:ANARCHY,LA BONO,RYUZO,TAIKA,M.O.S.A.D.,AK-69
発売日: 2006/12/13
メディア: CD
 
 


人生では辛いことも数多く起こります。辛いことの方が多いかもしれません。楽しい時に幸せな時に聴く音楽は、人はみんな分かっています。ただ苦しい時、どん底な時にこそ聴くべき音となると分かっていません。


 


そういう時に聴くのは日本語ラップ一択です。他に選択肢なんてないんです。


 


盛り上がっているクラブではEDMがかかる、クリスマスにはワム!を聴く。じゃあ苦しい時は?人生に押しつぶされそうな時は?


 


僕はTHA BLUE HARB(ブルーハーブ)のアルバムを聴く。決し譲れないこの美学。


【関連記事】日本語ラップはダサくない
マシにはなりましたが、未だにダサいと思われがちな日本語ラップ。僕から言わせれば、日本の音楽会で一番誠実な音楽です。虚飾がまるでないから


日本語ラップがダサいわけがない、聴けば人生の問題の8割は解決する!HIP HOPは世界で最もフェアな音楽である(断言)!
2021年10月9日
 
これをしない日は落ち着かないってものありますよね?僕にとっては、それは「日本語ラップ」を聴くということ。おそらく、聴き始めて6年位聴かなかった日は今までない。記憶する限りない。正直ジャンキーのレベルです。


 


もう生活レベルまで浸透しているというか、日本語ラップがない人生なんて想像も着かないというか。やはりカルチャーは親しめば、日常に取り込まれていくものだなと。


 


しかし、僕が「日本語ラップが好き!」と言ったり、友人とのドライブの際に基礎から教えようと漢a.k.a.GAMI「導〜みちしるべ〜」とか、BUDDHA BRAND「病める無限のブッダの世界」をかけて社内が気まずくなったりなんてこともありました。


 


聞いていると周りの方からは「日本語ラップってダサくね!?」なんてのもちらほら。


 


ふざけんな!!HIP HOPが最高の音楽だってことを、日本語ラップが人生を好転させるツールだってことをおれのこの人生で証明するぜ! タフなB限定の記事です!


 
 


 


(転用元:https://www.repfutekigo.com/entry/2017/07/01/231331 )


 


目次 [hide]


日本語ラップはダサいとは金輪際言わさせない
日本語ラップは頭を使った者が勝つフェアなゲームである
何故、HIP HOPはフェアなのか?
では、日本語ラップは何から聴けばいいのか?ライムスター「ダーティサイエンス」
般若×ZORN×SHINGO★西成「MAX」
関連
 
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日本語ラップはダサいとは金輪際言わさせない
 


「日本語ラップ=ダサい」、こう思っている方非常に多いです。現に何度も耳にしています。しかし、敢えて言いたい日本語ラップは非常にクールな音楽であると。なぜダサいと言われているのかと考えると、色々要素がある気がします。


 


そもそもアメリカ人がするものだ
聴いていて、なんかこっちが恥ずかしくなってくる
歌詞がイキっている
 


他にも色々ありそう。否めない部分もあります。以前読んだ本には、韓国語は言語の響きからラップに向いている言語だと読んだことがあります。


 


そもそも言語体系自体で向き・不向きが存在するみたいですね。まぁおそらく日本語はラップには不向きな言語かもしれません。


 
 


しかし、日本語ラップの面白いのは聴いているうちに徐々に耳が慣れてきます。TOEICのリスニングとか、スピードラーニングと同じと言えるかもしれない。笑


 


そして、耳が慣れ出してくると、分かるのです。日本語の持つ意味と響きの豊穣さが。そして、その圧倒的なまでのエンターテイメント性が。多分日本で今ある娯楽の中で一番面白いのが日本語ラップですよ。


 


 www.bit-corleone.com


 


これは断言できるのですが、日本語ラップの歌詞で適当に書かれている歌詞は一つもないのです。別に批判しているわけではないですが、J POPの使い回しの歌詞とはわけが違います。


 


必要以上に、翼を広げないし、ありがとうとか言わないし、明日に向かって走り出さないし、光は射さないし、涙も流さない。


 


言語の海にたゆたう膨大な言葉の中から、適切で、ユーモラスな表現を選定しているのです。脳みそに汗をかかずしては作れない。


 


それに、日本は古来から和歌や短歌などの様々な歌がありました。ここで歌と言っても、今とは系統は異なりどちらかと言えば「詩」に近いですね。


 


なぜか印象に残っている式子内親王の句。


 


 Mr.Somebody
玉の緒よ たえなばたえね ながらへば忍ぶることの 弱りもぞする
 


響きの良い言葉を意味が分かる様に配置するという遊びは日本古来からのものな訳です。アメリカ様から伝わる前からずっと日本人のDNAに組み込まれている遊びなんですね。 


 


つまり、日本語ラップは日本人の血脈に流れる言語感覚が行き着いた最終形態なんですね。今日昨日出てきたものとはワケが違う。インスタントではない足跡がここにあるんです。


 
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日本語ラップは頭を使った者が勝つフェアなゲームである
 


現に今のシーンを見ていると、勝っている奴(というか売れている奴は)たいがいこの2パターンに分けれると思います。


 


頭を使う事をやめなかった奴
普通ではない人生を送ってきて、それを自分の言葉で表現できている奴
 


細かく分けるともっと種類はありますが、そもそもの基本はこの2つ。この音楽ジャンルの特性上、危険だったりアウトローな人生を生きている方が有利なのです。


 


実体験を誇張を交えながら面白おかしくテリングしていくので、そもそもの実体験が面白いのはかなり有利。最初からレベルの高い食材で料理できるというイメージ。


 


 


 


武道館をソールドアウトさせたBAD HOPとかは正にこのタイプですね。アルバム「Mobb Life」は必聴です。


 


 


Mobb Life


アーティスト:BAD HOP
発売日: 2017/09/06
メディア: CD
 
 


しかし、大多数はそうじゃありません。というかそんな経験を積んでいる人が多いと価値が薄まりますし。なので、珍しくない実体験をお持ちのラッパー。


 


ここでどうするか?もう頭を使うしかないわけです!だって平凡な食材で料理をするわけですから。笑


 


こうなってくると、いかにしてありきたりなことを面白おかしく言うかという戦いです。


 


実際ラッパーで成功しているのは基本的に悪そうなやつだったり、複雑な生い立ちを抱えてたりするわけです。しかし、一方で普通の環境で育った人でも成功しています。


 


ZEEBRAの超有名なフレーズに


 


 Mr.Somebody
俺は東京生まれ HIP HOP育ち 悪そうな奴はだいたい友達
 


ってのがありますが、ライムスターは、


 


 Mr.Somebody
俺は東京生まれ HIP HOP育ち 周りはいたって普通の人達
 


とラップしていました。つまり、面白い体験をしている奴はそれをラップしなさい。普通の体験をしている人はそれを面白くして言いなさい、こんな感じです。


 


今度から聴く際は、どのような工夫をしてこの曲を作ったんだろうと考えながら味わってください。


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何故、HIP HOPはフェアなのか?
 


HIP HOPはフェアな音楽と言いましたが、何故フェアなのでしょうか?僕からすれば、人はHIP HOPという巨大なカルチャーの前には完全に平等なのです。その理由は、HIP HOPは頭を使った人が勝つ様にできているからです。


 


あとは、基本的にお金がかからないからです。優れた教育などもいらないですし、基本的にはストリートが教科書なのです。


 


あとは文化としての懐が深い。人種とか肌の色とか宗教とか育ってきた環境などによらず誰でも享受できるカルチャーなのです。


 


ラップという音楽ジャンルにおいて、 基本的に歌詞(リリック)は自分で書きます。ゴーストライティングなどはあり得ない。自分が生きてきて感じたものや見てきたものなどを綴らないといけない。


 


人から借りてきた言葉ではダメで、自分の言葉でリリックに落とし込むことが重要なわけです。ラッパーというと粗野な印象をもたれるかもしれませんが、非常に内省的な瞬間を積み重ねているのです。


 


 


(転用元:http://amebreak.ameba.jp/interview/2014/09/005191.html )


 


そして、その時に大事なのはいかに人の心の琴線を震わすことができるリリックを書けるかということ。


 


ここでは思考の深さや、かけた時間などがものを言います。つまり特別な教育や、才能がなくても自分で工夫をするということが非常に大事です。


 


僕が大好きなラッパーで度々このブログでも名前を出しているライムスターも正に「工夫」の権化です。実際に、「K.U.F.U」という曲も出しているくらいですからね。笑


 


ライムスターのMCの1人である宇多丸も、「サバイバー」という曲で次のようにラップしています。


 


 Mr.Somebody
分泌する脳内物質まるでカウパー
不足している分はなにか知恵でカバー
 


結局事務所のゴリ押しとか、コネとか、音楽教育を受けれる環境などは関係なくきちんと頭を使った人が勝てるゲームなのです。ここまで平等なことってなかなかなくないですか?


では、日本語ラップは何から聴けばいいのか?
 


さてはて、「じゃあ日本語ラップに興味を持ったけど何から聴けばいいの?」という方も当然出てきたと思います。というわけで入門に最適なアルバムを2枚紹介。


 


選考基準は、この3つ。


 


だれずに最後まで聴ける
日本語ラップの韻と表現の面白さが詰まっている
音楽としてかっこいい
 


「日本語ラップ 名盤」で検索するといっぱい出てきます。しかもちゃんと名盤です。しかし、初心者には取っ付きづらいのも確か。名盤を名盤と思えるにもそれなりの耳とラップ耐性がいるわけです。


ライムスター「ダーティサイエンス」
 


ダーティーサイエンス(初回生産限定盤)(DVD付)


アーティスト:ライムスター,キエるマキュウ
発売日: 2013/01/30
メディア: CD
 
 


まず聴きやすい!そして、日本語ラップのお手本の様なかっこよさ。日本語でラップをするというのは、「汚れた科学」であるというテーマのもと作られたアルバムです。


 


そして、何を隠そう僕が始めて聴いた日本語ラップのアルバムがこの「ダーティサイエンス」なのです。このアルバムの面白さ・知恵に一気に引き込まれ日本語ラップの世界にハマってしまったのです。


 


そして、このアルバムには「The Choice Is Yours」という曲が入っています。もうこのブログで何度もしている話ですが、この曲が僕の日本語ラップのきっかけだったのです。


 


 僕
この曲をあの日聴いていなかったら、、、、
 


そう思うと怖いな。。。小田和正だな、あの日あの時あの場所で、、、、


 


 


 
www.youtube.com 


般若×ZORN×SHINGO★西成「MAX」
 


MAX


アーティスト:般若 x ZORN x SHINGO★西成
発売日: 2018/04/29
メディア: CD
 
これは昭和レコードというレーベルに在籍しているラッパー般若、ZORN、SHINGO★西成という三人のアルバム。まさに三者三様のラップを披露しています。


 


現在、ZORNはこのレーベルを卒業したので、今後この三人でアルバム出ることは無いんだろうな。。。寂しい。。。


 


 www.bit-corleone.com


 


般若は言わずと知れたフリースタイルダンジョンのラスボス。バトルも勿論ですが、何より音源がかっこいい。真面目な歌詞と真面目にふざけている歌詞が同居する、何とも言えない!笑


 


 www.bit-corleone.com


 


手練のラッパーが奇跡の化学反応を起こしてしまっているそんなアルバムです。ビートも奇をてらっていないクールなものばかり。なぜこのアルバムを勧めているかというと、友人とドライブしている際に日本語ラップを色々かけていました。


 


その中で、最も抵抗無く「これってカッコいいね」と言われたのがこのアルバムだったから!笑もうすでに実績ありなのです。


 


というわけで、この2枚を聴けば日本語ラップにずぶずぶにハマってしまうでしょう。ようこそ、日本語ラップという言語学の世界へ


そして


レゲエとヒップホップとラップの違いは?R&Bやスカとの違い・意味・使い方も併せて解説


私達が生活している中で似た言葉に出会うことがよくあります。


ただ各々の意味を間違って理解・使用すると人前で恥をかいてしまうこともあり、多くの言葉を知っておく方が何かといいです。


中でもここでは、意味が似ている言葉として「レゲエとヒップホップとラップとR&Bとスカとの違い・使い分け」について各観点から解説していきます。


レゲエとヒップホップの違い・意味・使い分けは?


それでは以下でレゲエとヒップホップの違いや使い分けについて解説していきます。


レゲエとヒップホップの違いは大きく分けて二つあります。


ひとつは生まれた国が違います。レゲエは「ジャマイカ」で生まれた音楽、ヒップホップは「アメリカ」で生まれた音楽です。


もう一つは音楽性の違いです。レゲエは「サウンドに歌声をのせて生まれる」音楽なのに対して、ヒップホップは「トラックにラップをのせて(韻を踏む)生まれる」音楽という違いがあるのです。。


レゲエとヒップホップは同じような音楽だと思っている人もいますが、音楽としては全く違うルーツがあります。出身や音楽性の違いで使い分けてみてください。


 


掘り下げてみていきましょう。


レゲエという言葉はジャマイカのポピュラーな音楽という意味です。


フォークやアメリカのR&Bなど色々な音楽の影響を受けて生まれたといわれています。


楽曲の特徴としてはジャマイカの民族楽器、ボンゴやジャンベなどが使われており、比較的ゆったりとしたリズムの音楽が多いとされています。


 


ヒップホップという意味は日本語に直訳するとヒップ「かっこいい」ホップ「跳躍する」という意味になりますが、ヒップホップという言葉の意味ではありません。


おもにラップ、ブレイクダンス、DJ、グラフィティ、この4つのエレメント(全体の中での必要な要素)を総称し「ヒップホップ」というカルチャーを意味します。


 


レゲエとラップの違い・意味・使い分けは?ヒップホップとも


さらには、レゲエとラップの違い・意味・使い分けについても見ていきましょう。


レゲエとラップは根本的に意味が違います。


前述のとおり、レゲエはジャマイカ発祥の音楽のジャンルです。


ラップは歌唱方法のことで、ヒップホップというアメリカ音楽のジャンルの4つのエレメントのうちの一つです。ラップを音楽としてレゲエと比べること自体が間違いです。


 


レゲエにはラップのように独特なリズムで話すように歌う歌唱方法があります。これを「ディージェイ」と呼びます。


レゲエとラップを比べるのではなく、ディージェイとラップを比べることが正しいとされています。


ディージェイのルーツはMCの合いの手から始まったといわれています。


そのため、ラップのように歯切れのよい言葉を選びサウンドに乗せて歌われています。


レゲエのディージェイとヒップホップのラップが似ているように聞こえる理由はそこにあります。


 


レゲエとR&Bの違い・意味・使い分けは?ヒップホップやラップとも


さらに似た言葉として、レゲエとヒップホップの違い・意味・使い分けについても見ていきましょう。


レゲエとR&Bはヒップホップと同じく、音楽性の違いと生まれた国の違いがあります。


R&Bもヒップホップと同じ「アメリカ」で生まれた音楽です。


R&Bとレゲエ・ヒップホップは歌唱方法に大きな違いがあります。


ラップとは歌唱方法のことなのでR&Bとは根本的に違います。


R&Bの特徴としては、ブルースやゴスペルにビードを加えて現代的に進化させた音楽といわれています。


 


レゲエやヒップホップはおもに歌詞のメッセージ性が強いものが多く、社会情勢や宗教的な要素を含んだ歌詞も少なくありません。


それに比べてR&Bはどちらかといえば、歌詞のメッセージというより歌唱力重視の音楽といえるでしょう。気持ちよく歌い上げ、歌声もサウンドのように聞こえる。という楽曲は、R&Bならではの特徴といえるでしょう。


R&Bを好んで聞いている人は歌手の歌唱力を楽しんで聞いているはずです。


 


R&Bとヒップホップは同じアメリカの若者文化から生まれた音楽です。


さらに近年ではR&Bがヒップホップの音楽自体を取り込むようになり、ヒップホップ色が強いR&Bの楽曲が多くあります。


そのため、違いがわからないという人もいますが、歌唱方法やサウンド自体がまったく違う音楽です。


極端ではありますが、R&Bは歌唱とサウンドが一体型の音楽と考えるとヒップホップとの違いが分かりやすいはずです。


 


レゲエとスカの違い・意味・使い分けは?ヒップホップやラップとも


レゲエとスカの違いはおもに、「テンポ」と「リズム」であるといわれています。


ヒップホップとはレゲエと同様に生まれた国、音楽性が違います。


ラップとは歌唱方法のことなのでスカとは根本的に違います。


レゲエとスカはどちらも2拍4拍で刻むリズム(ワンドロップ)です。


同じワンドロップでテンポが速いのがスカ、テンポが遅いのがレゲエになります。


わかりやすく言うと、レゲエはゆったりとした音楽、スカはスピード感があり激しい音楽、といったところでしょうか。


しかし、レゲエとスカの違いは非常に細かく微妙だともいわれています。


 


レゲエとスカは、どちらも「ジャマイカ」生まれの音楽で、レゲエはスカから影響をうけて生まれた音楽です。


スカという言葉は、ギターを鳴らした時の音「Skat」からきているという説があります。


スカの特徴は、BPM(曲の速さ)がとても速く、いわゆる「ノリの良い音楽」であるということです。


 


レゲエは、この速いリズムで作られたスカをゆっくりしたサウンドの音楽にしたものといわれています。


レゲエはスカの数年後に生まれた音楽なので、スカの速すぎる音楽に少し疲れてしまった。といったところでしょうか。


楽曲の速さで使い分けてみてください。


 


簡単に言うと原産地とルーツが違います


HIPHOP・R&Bはアメリカ産まれ


レゲエはジャマイカ産まれです


HIPHOP


ヒップホップ(hip hop)は1970年代のアメリカ合衆国ニューヨークのブロンクス区で、アフロ・アメリカンやカリビアン・アメリカン、ヒスパニック系の住民のコミュニティで行われていたブロックパーティから生まれた文化。


アフリカ・バンバータによる造語であり、「アフロ・アメリカンが、文化(音楽、ファッション、アート)を取り入れ、新しいスタイルを生み出すこと」をヒップホップと呼称したのが始まりである。 これは1974年11月12日のことだったとされ、この日がヒップホップの誕生日である。この事から、11月を「Hip Hop History Month」として祝う習慣がある。


単に「ヒップホップ」と言った場合、文化から派生したサンプリングや打ち込みを中心としたバックトラックに、MCによるラップを乗せた音楽形態を特に指すことが一般化しているが、これらは本来はヒップホップ・ミュージックあるいはラップ・ミュージックと呼ぶのが正しい。


 



R&B


リズム・アンド・ブルース(英語:rhythm and blues、正しくはリズム・アンド・ブルーズと発音する)は、R&B(アール・アンド・ビー) と略される音楽のジャンル。1940年代後半に、ジャズやブルース、ゴスペルといったブラック・ミュージックが発展する形で生まれた。


 



レゲエ


一般的には4分の4拍子の第2、第4拍目でオフビートを刻む、「スキャンク」などと称されるギター、「ワンドロップ」と称される各小節の3拍目にアクセントが置かれるドラム、ベースによるうねるようなベースラインなどの音楽的特徴によって定義付けられる。[


直接的には同じくジャマイカのポピュラー音楽であるスカやロックステディから発展したが、ジャマイカの伝統音楽であるメント、アメリカ合衆国発祥の黒人音楽であるリズムアンドブルース、トリニダード・トバゴ発祥のポピュラー音楽カリプソ、ラスタファリアンの音楽であるナイヤビンギ、コンゴ発祥の音楽クミナ、さらにはマーチなど多様な音楽の影響を受け成立した。


 



コピペでゴメン


 



参照wiki


 



聴いた感じで言うと


 



hiphop


ラップしてます


[韻を踏んでます]


打ち込みによるテンポのいいドラム


ファッションも特徴的です


 



R&B


スローテンポですね


loveほでかかってそう


「これは良く知らん」


 



レゲエ


サウンドが重視されてるかな


上にも書いたとうり


スカでよく使われるような


テンポが多い


歌詞が音にがっちりはまってる感じ


良く出来てると思う


 



レゲエ(Reggae)ってどういう音楽?


 



どういう特徴や歴史があるの?


 
今回はこのような疑問にお答えする内容です。
 
英語版wikipediaの「レゲエ」をかんたんにまとめてみました。
 
今回はPart1として、レゲエの概要と歴史を詳しく解説していきます!


 
カリビアンミュージック解説シリーズ↓
 
1.概要編(カリビアンミュージックの定義、歴史、主な音楽スタイル)
2.メント(Mento)
3.カリプソ(Calypso)
4.スカ(Ska)
5.ロックステディ(Rocksteady)
6.レゲエ(Reggae)の概要・歴史
7.レゲエ(Reggae)の音楽的特徴
 
Part2~7では、カリビアンミュージックにおいて特に重要なジャンルをご紹介しています。
 
こちらのシリーズを読むと作曲の引き出しが増えますので、ぜひ最後までご覧ください!
 


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目次


 1. レゲエとは?
 2. レゲエという言葉の意味・由来
 2.0.1. レゲエという音楽の意味・役割
 2.0.2. レゲエの歌詞
 3. 音楽的特徴
 3.0.1. 影響を受けた音楽
 3.0.2. ベースとドラム
 3.0.3. その他レゲエで見られる要素
 4. レゲエの歴史
 4.0.1. レゲエの先駆者
 4.0.2. レゲエドラミングの祖先「ニャビンギ」
 4.0.3. レコードとジャマイカ音楽
 4.0.4. スカとイギリス
 4.0.5. ゆっくりなテンポの理由
 4.1. レゲエの誕生
 4.1.1. ボナファイドレゲエ
 4.1.2. 他の国・ジャンルでもレゲエが広まる
 4.1.3. スカ・ロックステディ・レゲエの変遷をたどってきたアーティストたち
 4.1.4. スカ・ロックステディ・レゲエの発展に貢献したプロデューサーたち
 4.2. 世界的な人気を獲得するレゲエ
 4.2.1. チャートトップに上り詰めるレゲエの楽曲
 4.2.2. 映画でフィーチャーされるレゲエ
 4.2.3. ロックのカバー曲
 4.2.4. イギリスへの進出
 4.2.5. イギリスのパンクロックとレゲエ
 4.2.6. 多民族グループで演奏されるレゲエ
 4.3. 現在のレゲエ
レゲエとは?


 
レゲエは1960年代終わりごろにジャマイカで誕生した音楽ジャンルです。
 
同じくジャマイカ発の音楽ジャンル「スカ」や「ロックステディ」から進化しました。
 
今では世界中の国に知れ渡り、その土地のローカルの楽器を使ったり、他のジャンルと融合することもあります。
 


 


 


 


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レゲエという言葉の意味・由来


 
1967年版のジャマイカンイングリッシュの時点によると、「reggae」という言葉は「ボロボロの服・布」「喧嘩」「列」「街」という意味がある「rage」「rege-rege」という言葉が由来としています。
 
一方、他の説では、スペイン語で「the king’s music」を表す言葉から来ているという説、ラテン語で「to the king」を表す「regi」から来ているという説もあります。
 
 
今では、「レゲエ」という言葉は、ジャマイカのポピュラー音楽を指す言葉だけでなく、ディアスポラ(四散したユダヤ人、四散した場所)を指す言葉としても使われます。
 
最初に「レゲエ」という言葉が使われたのは、1968年のToots and the Maytalsの「Do the Raggay」という楽曲で、この曲をきっかけに世界にもリスナーを広げていくことになりました。
 


 


 


 


 


 


 


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Toots & The Maytals - Do The Reggae


 


 


 


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レゲエという言葉は「ジャマイカのダンスミュージック」という広義で使われることがありますが、レゲエという言葉は、伝統的なメントやアメリカのジャズ、R&B(特にFats DominoやAllen Toussaintなどによって演奏されたニューオリンズのR&B)の影響を強く受けているスタイルを指す言葉として使う方が適切です。


 


レゲエという音楽の意味・役割


 
レゲエは、1930年代のジャマイカのアフロセントリック地域で発展した「ラスタファリ運動」と深い関わりがあり、この運動はパンアフリカ主義を促進させるためのものでした(カリブ海地域の国には、かつて黒人奴隷がいました)。
 
パンアフリカ主義:アフリカ大陸の住民や全世界に散らばったアフリカ系住民の解放・連帯を訴える思想。アメリカやカリブ海地域の黒人たちによって、自らのアイデンティティを求める運動として始まった。
 
レゲエは、ラスタファリアニズムの重要なメッセージを伝える、重要な手段だったのです。
 
ミュージシャンがメッセンジャー(伝達者)となり、ラスタファリアンたちからも「ソルジャーとミュージシャンは変革ためのツールだ」と考えられていました。


 


レゲエの歌詞


 
レゲエは通常、ニュースやゴシップ、政治的な論評・解説について歌っています。
 
ジャズ業界まで市場が広まると、最初は「ルーディーブルース(Rudieはジャマイカのスラングで不良少年を表す言葉)」として知られ、のちに「スカ」「ブルービート」そして「ロックステディ」として知られるようになります。
 
歌詞はジャマイカンパトワ(patois、クレオール語)、ジャマイカンイングリッシュ、イヤリックの方言で歌われるのが一般的です。
 
多くのレゲエではよりライトな内容や個人的なトピック(恋愛や社交について)について歌われていますが、レゲエは社会への批判や宗教について歌われることで昔から知られています。
 


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音楽的特徴


 


影響を受けた音楽


 
レゲエの直接の起源はスカとロックステディで、たとえば打楽器として使うベースのスタイルをロックステディから引き継いでいます。
 
他にも、R&Bやジャズ、メント、カリプソで使われる音楽的要素を含んでおり、伝統的なアフリカンフォークのリズムからも影響を受けています。
 


ベースとドラム


 
レゲエでは、ベースとドラムによって楽曲がリードされます。
 
この2つの楽器による、ダウンビート・オフビートのリズムセクションの対位法的演奏が特徴的です。
 
オフビートって何?という方はコチラ
 
ベースはレゲエでも特に重要な要素で、より厚くヘビーで、EQで高音域をカットされ、より低音を重視しているのが特徴的です。
 


その他レゲエで見られる要素


 
オフビートには、ピアノかギター(あるいは両方)で演奏されるスタッカートのリズムが入ります。
 
通常はスカやロックステディよりも遅いテンポで演奏されます。
 
コールアンドレスポンスの要素も、レゲエで見られます。
 


レゲエの歴史


 


レゲエの先駆者


 
レゲエの直接の起源は、1960年代ジャマイカのスカとロックステディで、他にもR&Bやジャズ、メント、カリプソで使われる音楽的要素を含んでおり、伝統的なアフリカンフォークのリズムからも影響を受けています。
 
スカは1961年から1967年にジャマイカの音楽市場では一般的とされていたジャンルで、当時アメリカのR&BはドゥーワップをベースにしたジャマイカンR&Bから誕生します。
 


ラスタファリ運動は、Count Ossieなどの「ラスタドラマー」たちとともにレゲエに大きな影響を与えていました。
 


 


 


 


 


 


 


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COUNT OSSIE AND THE MYSTIC REVELATION 1974


 


 


 


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レゲエドラミングの祖先「ニャビンギ」


 
レゲエドラミングの祖先としては、ラスタファリアンの生活において共通の瞑想の練習として行われる太鼓の儀式「ニャビンギリズム(Nyabinghi rhythm)」があります。
 


 


 


 


 


 


 


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Nyabinghi Rasta Drum Session in the Blue Mountains, Jamaica


 


 


 


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Nyabinghi Grooves For Bongos - watch & learn


 


 


 


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レコードとジャマイカ音楽


 
20世紀後半になると、レコードがジャマイカの音楽業界の中心となり、文化的にも、経済史的にも、レゲエの発展に大きく貢献していきます。
 
1950年代初期にはジャマイカの起業家がSPレコード(78 rpm disc)を生産しますが、1949年に販売を開始した7インチシングルに、すぐ取って代わられてしまいます。
 
 
1951年になると、最初のメント(音楽ジャンル)の作品がリリースされ、アコースティック・ルーラルスタイルと、ジャジーポップスタイルの2種類で発表されました。
 
他の7インチシングルの作品もジャマイカでリリースされましたが、これらはアメリカで人気のR&Bのヒット曲をカバーしたものでした。
 
これらの楽曲は、ジャマイカの首都であるKingstonで作られた「サウンドシステム」で公共の踊り場でプレイされました。
 
この「サウンドシステム」というのは、ジャマイカのポピュラーカルチャーにおける、スカやロックステディ、レゲエをプレイするDJ、エンジニア、MCのグループのことを指します。
 


 


 


 


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一方、ジャマイカの駐在員たちはイギリスの小さな独立レーベルで45 rpmレコードを発行し、ジャマイカの45rpmレコード作品の数多くを直接マスターしていきます。
 


スカとイギリス


 
スカは1950年にジャマイカのスタジオで誕生したジャンルで、アメリカンのR&B、ジャマイカのメント、カリプソを混ぜた音楽です。
 
わかりやすい特徴としては、ジャズの影響を受けたホーンセクションのリフ、4分音符のウォーキングベース、ギターとピアノによるオフビートの刻み、スネアのクロススティック、バックビートに入るバスドラム、オフビートに入るオープンハイハットなどがあります。
 


スネアのクロススティック
 


 


 


 


 


 


 


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How to Play the Cross Stick | Drumming


 


 


 


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ジャマイカが1962年にイギリスから独立すると、スカは「自分たちだけの音楽」を探し求めるジャマイカの若者たちに選ばれる音楽となります。
 
そしてのちに、スカはイギリスの「モッズ」の文化でも人気となります。


 


ゆっくりなテンポの理由


 
1960年代中盤になると、スカは新しいジャンル「ロックステディ」を生み、スカよりもスローテンポで、よりロマンティックな歌詞で、目立つホーンセクションが少ないジャンルを誕生させます。 


ジャマイカのミュージシャンたちがロックステディを特徴付ける「スカよりも遅いテンポ」を採用した理由の一つには、Hopeton Lewisというシンガーが、彼のヒット曲「Take It Easy」をスカのテンポで演奏できなかったことが挙げられます。
 


 


 


 


 


 


 


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Hopeton Lewis - Take It Easy


 


 


 


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ちなみに「ロックステディ」という名前は、Alton Ellisのシングル曲発表後に確立されました。
 


 


 


 


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のちにリリースされる多くのロックステディの楽曲はレゲエの基本としても使われるようになり、レゲエも同じく「ダブルスカンク」と呼ばれるオフビートに来るギターのストロークを演奏できるようにするため、よりゆっくりなテンポで演奏されています。
 


 


 


 


 


 


 


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How To Play Reggae Guitar with TUFF LION | ArtofReggae.com


 


 


 


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Billy DeCristofano


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How To "Double Skank" - Reggae Music Guitar Lesson


 


 


 


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レゲエの誕生


 
レゲエは1960年代終わり頃、スカやロックステディから誕生しました。
 
初期の楽曲には、Larry And Alvingの「Nanny Goat」や、Beltonesの「No More Heataches」などがあります。
 


 


 


 


 


 


 


Maurodjselecta


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Larry Marshall & Alvin Perkins - Nanny Goat


 


 


 


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The Beltones No more heartaches


 


 


 


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ビートはロックステディとは異なり、アメリカのR&Bを特徴付けるなめらかでソウルフルなサウンドはなくし、代わりにアメリカ南部のファンクの近い、リズムセクションをより活発に聞かせるサウンドが特徴です。
 
レゲエはほぼ無制限の柔軟さが最大の特徴です。
 
Lee Perryの「People Funny Boy」などのぎくしゃく動くようなサウンドから、Third Worldの「Now That We’ve Found Love」などのアップタウンサウンドまで、年月を通してスタイルは大きく違ってきますが、それでもすぐレゲエとして認識することができます。
 


 


 


 


 


 


 


Bernadette navarone


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ロックステディからレゲエへの変遷は、Jackie MittooやWinston Wrightなどのジャマイカのミュージシャンによって開拓された「オルガンシャッフル」によって見ることができ、Eric “Monty” Morrisの「Say What You’re Saying(1968)」や、Lee “Scratch” Perry”の「People Funny Boy(1968)」などで見ることができます。
 


 


 


 


 


 


 


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ボナファイドレゲエ


 
1968年初めは「ボナファイドレゲエ(Bona Fide Reggae)」が初めてリリースされた年で、これにはLarry Marshallの「Nanny Goat」やThe Beltonesの「No More Heartaches」などがあります。
 
「Bona Fide」は「本当の」「誠実」「正直な」という意味
 


 


 


 


 


 


 


JABLESPANOL


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Larry Marshall - Nanny Goat


 


 


 


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他の国・ジャンルでもレゲエが広まる


 
またこの年は、新しいジャマイカのサウンドが他の国でこのレゲエサウンドを真似ている有名なアーティストたちを生み出し始めます。
 
例えばJohnny Nashの1968年のヒット曲「Hold Me Tight」は、アメリカのリスナーチャートで初めてレゲエが入った曲として評価されています。
 


 


 


 


 


 


 


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Johnny Nash - Hold Me Tight (HD)


 


 


 


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この時期はレゲエの影響はロックやポップにも広まっており、例えばThe Beatlesの「Ob-La-Di, Ob-La-Da」などがこれにあたります。
 


 


 


 


 


 


 


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Ob-La-Di, Ob-La-Da (Remastered 2009)


 


 


 


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スカ・ロックステディ・レゲエの変遷をたどってきたアーティストたち


 
Bob Marley、Peter Tosh、Buny Wailerで1963年に結成されたバンド「The Wailers」は、初期ジャマイカのポピュラーミュージック(スカ、ロックステディ、レゲエ)の変遷を全て通して活躍したバンドとして最も有名でしょう。
 
彼らの楽曲の中には、ジャマイカのメントをベースとしたもの、あるいはそれを使った楽曲がいくつもあります。
 


 


 


 


 


 


 


Bob Marley


チャンネル登録者数 318万人


Bob Marley & The Wailers - Stir It Up (Live at The Old Grey Whistle, 1973)


 


 


 


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レゲエへの移行を行なった有名なスカアーティストには、他にもPrince Buster、Desmond Dekker、Ken Boothe、Millie Smallなどがいます。
 


 


 


 


 


 


 


MetryRoad


チャンネル登録者数 3560人


Prince Buster - Madness


 


 


 


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Millie Smallは、1964年のブルースビート・スカカバーバージョンの「My Boy Lollipop」が世界的大ヒットとなりました。
 


 


 


 


 


 


 


millie - Topic


チャンネル登録者数 244人


My Boy Lollipop


 


 


 


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スカ・ロックステディ・レゲエの発展に貢献したプロデューサーたち


 
スカをロックステディやレゲエに発展させたジャマイカの有名なプロデューサーには、Coxsone Dodd、Lee “Scratch” Perry、Leslie Kong、Duke Reid、Joe Gibbs、King Tubbyなどが挙げられます。
 


 


 


 


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Reggae2Reggae


チャンネル登録者数 16.9万人


Lee Perry - Skanking With The Upsetter Rare Dubs 1971-1974


 


 


 


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Reggae2Reggae


チャンネル登録者数 16.9万人


Duke Reid Golden Hits (Full Album)


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Mat Lambert


チャンネル登録者数 2630人


KING TUBBY'S SPECIAL 1973-1976 (Full Album / Both Disks)


 


 


 


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Chris Blackwellはジャマイカで1960年にレーベル「Island Records」を立ち上げた人物で、1962年にはイングランドに移転し、ジャマイカ音楽を促進し続けてきました。
 
彼はLee GopthalのTrojan Rechordsと1968年にパートナーシップを組み、1974年にSaga Rechordsに買収されるまでの間、イギリスでレゲエの楽曲をリリースし続けてきました。
 


世界的な人気を獲得するレゲエ


 


チャートトップに上り詰めるレゲエの楽曲


 
レゲエは1972年終わりのU.S. Billboard Hot 100チャートでトップとなり、レゲエの影響はまさにバブル状態でした。
 
the Maytonesの楽曲「Black and White」をカバーしたThree Dog Nightの楽曲は、この年の9月にナンバーワンヒットを記録します。
 


 


 


 


 


 


 


Mick Wilbury


チャンネル登録者数 1.35万人


Three Dog Night - Black & White


 


 


 


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Johnny Nashの「I Can See Clearly Now」は、同年11月に4週間に渡ってチャート1位を記録。
 


 


 


 


 


 


 


RealityShifts


チャンネル登録者数 1.29万人


Johnny Nash - I Can See Clearly Now


 


 


 


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Paul Simonの「Mother And Child Reunion」は、ジャマイカの首都であるキングストンでレコーディングされ、Jimmy Cliffのバッキンググループとともに演奏されたものですが、こちらは1972年の年間チャートで57位を獲得します。
 


 


 


 


 


 


 


Larry Hinze


チャンネル登録者数 5300人


"Mother and Child Reunion" PAUL SIMON 1972


 


 


 


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映画でフィーチャーされるレゲエ


 
1973年になると、映画「The Harder They Come」でJimmy Cliffが出演し、ジャマイカ以外の国々でジャマイカ音楽を映画ファンに広めることができました。
 


 


 


 


 


 


 


Kristian Dalgarno


チャンネル登録者数 342人


YouTube - The Harder They Come Jimmy Cliff


 


 


 


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この映画はカルト的な地位を得ることとなりますが、その限られた魅力のためか、世界中のロック・ポップスのラジオで放送されたBob Marleyの1974年のEric Claptonのカバー曲「I Shot the Sheriff」よりはインパクトが小さく終わりました。
 


 


 


 


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ロックのカバー曲


 
Claptonの「I Shot The Sheriff」はモダンロックのプロダクション・レコーディングテクニックを使っており、本来のレゲエの要素をほぼ忠実に使っている楽曲です。
 
これはパロディーではないパスティーシュ(模倣作)で、このBob Marleyのカバーによって、幅広いロックのリスナーたちにもレゲエを広めることとなります。
 


 


 


 


 


 


 


RHINO


チャンネル登録者数 546万人


Eric Clapton - I Shot The Sheriff [Crossroads 2010] (Official Live Video)


 


 


 


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イギリスへの進出


 
1970年代中盤になると、レゲエのダブプレート(Reggae Dub Plate)・レゲエのスペシャル(Special)が、イギリスのJohn Peelのラジオ番組で放映される機会が出てきました。
 
ダブプレート(スペシャル):レゲエのサウンドシステムで使われる、編集済みの音声記録メディア全般を指す言葉。
 



 



画像:ダブプレート(https://en.wikipedia.org/wiki/Dubplate)
 


 


 


 


 


 


 


DAINJAMENTAL DPK


チャンネル登録者数 4.29万人


HORACE ANDY dubplate {Sound Sensation} @ Dainjamentalz u$a 4


 


 


 


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これにより、彼の音楽キャリアにおいてレゲエを促進することとなります。
 
この時代、イギリスの映画製作者であるJeremy Marreが「ルーツレゲエ(Roots Re
ggae)」の全盛期を追った「Roots Rock Reggae」で、ジャマイカ音楽のシーンをドキュメンタリー化します。
 
ルーツレゲエ:レゲエのサブジャンルで、アフリカ人の日常生活や熱望などを取り扱った音楽。
 


 


 


 


 


 


 


lou dav


チャンネル登録者数 12.8万人


ROOTS REGGAE SELECTION


 


 


 


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ジャマイカで制作されたレゲエのレコードの品質は、1970年代のオイルショックにより悪化してしまいます。
 
しかし、他の場所で制作されたレゲエは、逆に繁栄していきます。
 


イギリスのパンクロックとレゲエ


 
1970年代終わりから1980年代初期にかけては、イギリスのパンクロック(UK Punk Rock)が盛り上がり始め、レゲエはそこにも大きな影響を与えます。
The DJ Don Lettsは、パンクロックで有名なThe Roxyというクラブでレゲエとパンクロックをプレイ。
 


 


 


 


 


 


 


Boiler Room


チャンネル登録者数 304万人


Don Letts Boiler Room London DJ Set


 


 


 


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The ClashやThe Ruts、The Members、The Slitsなどのパンクバンドは、レゲエに影響を受けた多くの楽曲をプレイします。
 


 


 


 


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jenssalumae2


チャンネル登録者数 627人


The Ruts - Jah War


 


 


 


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The Members - Topic


チャンネル登録者数 420人


The Model (Remastered)


 


 


 


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TheSlitsVEVO


チャンネル登録者数 719人


The Slits - Difficult Fun (Audio)


 


 


 


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多民族グループで演奏されるレゲエ


 
この頃、レゲエはイギリスで新しい道を歩み始めていました。
 
例えば、イギリスの都心部の多民族構成によるグループによって演奏され、これにはSmiley CultureやCarroll Thompsonなどと同様、Steel PulseやAswad、UB40といったグループが挙げられます。
 


 


 


 


 


 


 


robmacgillivray


チャンネル登録者数 1700人


Smiley Culture 'Police Officer' Complete Original Version


 


 


 


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Dungababylon


チャンネル登録者数 2.69万人


Steel Pulse- Your House


 


 


 


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AswadVEVO


チャンネル登録者数 5980人


Aswad - Don't Turn Around


 


 


 


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ジャマイカのゲットー(ユダヤ人街)をテーマにした歌詞はイギリスの中心街をテーマにした歌詞に置き換えられ、ジャマイカのパトワ(patois、クレオール語)は、コックニーのスラングと混ざっていきます。
 
コックニー:イギリスの東ロンドンの方言
 
このころ、南ロンドンでは新しいサブジャンル「Lovers Rock」が誕生します。
 


 


 


 


 


 


 


imageposse


チャンネル登録者数 2480人


15 16 17 - Emotion


 


 


 


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Gregory Issacsなどの男性アーティストがメインで演奏するジャンルだった同名のジャマイカの音楽とは違い、南ロンドンのLovers Rockでは、前述のThompsonやJaney Keyなど、女性シンガーがリードしています。
 
イギリスのLovers Rockは、より柔らかく、商業的な音が特徴です。
 


 


 


 


 


 


 


DJ MURRAY / Music master


チャンネル登録者数 18.7万人


REGGAE LOVERS ROCK ,TARUS RILEY,MORGAN HERITAGE,FREDDI MCGREGOR,DJ MURRAY 8768557770


 


 


 


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Burak Yıldırım


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Gregory Isaacs - Night Nurse


 


 


 


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kanade ♫


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Janet Kay / LOVIN' YOU


 


 


 


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Third WorldやBlack Uhuru、Sugar Minottなどの他のレゲエアーティストは、1980年代初め頃に世界的にアピールを成功させました。
 
そして、1985年にはグラミー賞に「ベストレゲエアルバム」という部門ができます。
 
女性もレゲエ音楽業界では活躍しており、Olivia Grange、Trish Farrell、Lisa Cortes、Saron Gordonなどが有名です。
 


現在のレゲエ


 
ジャマイカのBruce Golding首相は、2008年2月を最初の「レゲエ月間」としました。
 
これを祝い、レコーディング産業協会(RIAJam)は2008年2月24日に最初のレゲエアカデミー賞を開催しました。
 
また、レゲエ月間は6日間に及ぶグローバルレゲエカンファレンス、レゲエフィルムフェスティバル、2つのラジオステーションでのアワード放送、そして、Bob Marleyが好きなシンガーとして言及しているDennis Brownのトリビュートコンサートなどが開かれました。
 


 


 


 


 


 


 


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ビジネスの視点では、RIAJamはレゲエの雇用機会や海外でのイベント開催にフォーカスしたイベントを開きます。
 
ジャマイカでのレゲエ月間2019では、Bob Marleyの2月6日の誕生日を祝う大規模な祝賀会、2月24日のDennis Brownを讃えるコンサートなど、様々なイベントが開かれました。
 
2018年11月には、「レゲエミュージック・オブ・ジャマイカ」がユネスコの「人類の無形文化遺産」に追加されます。
 


 



 
 
カリビアンミュージックシリーズ最後は、レゲエの音楽的な特徴をご紹介します!
 
どんな楽器がどんな音やフレーズを使うのか、具体的に解説していきます↓


 



レゲエってどんな音楽?


 


 


レゲエはジャマイカで1960年代後半に発祥したポピュラー音楽で、2拍、4拍目にドラムの音が入るロックやブルースに対し、裏拍にアクセントがくることや、うねるようなベースが特徴的な音楽です。


初期の頃のルーツレゲエと呼ばれるものは、単純なベースに裏拍でリズムを刻むギターと、そこにボンゴやジャンベなどの打楽器を使ってアクセントがつけられていて、穏やかなリズム感で、ゆったりとした曲調のものが多くなっています。


生活の貧しさの中で生まれた音楽であることもあり、音源がなく生音がメインだったルーツレゲエから、打ち込みという手法によってダンスホールレゲエというスタイルも生まれました。


ジャマイカは90%以上が黒人奴隷だったという背景もあり、社会や政治への不満や反抗を歌ったもの、さらに暮らしの貧しさや、人生を歌っている内容の曲が多いのです。


また、レゲエは2018年、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。


 


僕の好きなボブさんのLIVE動画です!


↓時間があったら視聴してみてね!↓


 


 


 


 


 


 


 


 



BobMarleyVEVO


チャンネル登録者数 5.69万人


Bob Marley & The Wailers - Jammin' (Live At The Rainbow Theatre, London / 1977)


 


 


 


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レゲエの歴史


 


 


1962年、ジャマイカ独立を転機に、ミュージシャンたちが自分たちの音楽を探る中で、北米の音楽であるジャズやR&Bなどや、カリブ海の音楽であるカリプソ、メントなどに影響を受けて生まれたのが、裏打ちのリズムが特徴のスカというものでした。そのテンポがスローになり、さらにベースラインが複雑になったロックステディも生まれました。


ロックステディのブームは短く、1968年にはレゲエがその流れを引き継ぐことになります。あらゆる音楽の影響を受けていることで、ごちゃごちゃしていたレゲエは、70年代に入るとルーツロックレゲエと呼ばれるスタイルを確立していき、その後ボブ・マーリーの登場によりレゲエは一民族音楽の枠を超え、世界に広まりました。


 


80年代、ジャマイカではダンスホールレゲエと呼ばれるリディムに乗せて『Dee Jay』するスタイルが一般的になります。そして1985年にプリンス・ジャミーが発表したリディム「Sleng Teng」からレゲエのデジタル化が始まりました。


↓「Sleng Teng」の音源はこちら↓


 


 


 


 


 


 


 



Trasimedia


チャンネル登録者数 1.68万人


Big_Pin_Mix #21 - Sleng Teng-pt.2 King Jammy's [1985]


 


 


 


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レゲエとラスタファリの関係


 


 


ジャマイカ発祥の宗教であるラスタファリは、ラスタと略称で呼ばれることがほとんどで、正式にはラスタファリ運動と言います。


ラスタファリは菜食主義、ドレッド、ガンジャを聖なるものとしているのが特徴です。人間の体を神殿としている彼らは、体を汚さず神聖な物に保つという理由から、肉や加工品を口にせず、自然から取れるものだけを摂取する生活を送っています。


これってベジタリアンやヴィーガンの原点だよね!?


また、自分の体に刃物を当ててはいけないという独特な教えから、髪やヒゲは伸ばしっぱなしにしています。彼らはその長く伸びた髪を切ることなく短くする為にドレッドヘアーというヘアースタイルを編み出しました。


そして、ジャマイカの祖先達はみな、元々はアフリカにいたと考えるラスタファリに明確な神や教祖はおらず、基本的にアフリカ回帰を主な目的としています。


1910年、多くの黒人たちに尊敬されていたジャマイカのある活動家が、「黒人の王が戴冠する時、解放の日は近い」と口にしました。それから20年後、本当にアフリカに黒人の王が誕生したことで、黒人のアフリカ回帰への期待もおのずと膨らみます。


ラスタファリ運動への熱と共に、それまで世捨て人というイメージが強かったことから、受け入れられにくかったラスタファリの社会的地位が上がり始めた頃、後にレゲエの神様と呼ばれることになるアーティスト、ボブ・マーリーがラスタファリと出会いました。


 


軍人である白人の父親と、黒人の母親との間に生まれた混血であることにコンプレックスを抱き、白人、黒人、どちらのコミュニティーにもうまく馴染むことができずに幼い頃から悩んで過ごしていた彼にとって、肌の色で人を差別することのないラスタファリはまさに最高の場所だったのです。


そして彼は自分の作る音楽に、ラスタファリの教えを色濃く反映させるようになり、その音楽は立て続けに大ヒットします。世界的スターになった彼は、ラスタファリの象徴とも言える偉大な存在となり、彼の活躍は更にラスタファリ運動の熱を熱くさせました。


しかし1981年、悪性腫瘍により彼が亡くなったことをきっかけに、ラスタファリの熱は急激に冷めてしまい、いかに彼がラスタファリにとって重要な存在だったかを証明することとなりました。


その後ボブ・マーリーの意思を継ぐ数々のアーティストが現れ、その結果1990年代にラスタファリ運動は再び活発化し、現代もその灯火は消える事なく受け継がれています。


レゲエがユネスコ無形文化遺産に!?


ジャマイカは1960年代に同国キングストンで生まれた音楽であるレゲエについて、ユネスコ(国連教育科学文化機関)から永続的に保護が受けられるよう「無形文化遺産」への登録を申請しました。


不平等、抵抗、愛や人類のあらゆる問題における国際的な貢献は、知的かつ社会政治的で、レゲエの持つ要素の力は、社会的な主張や情緒を解放するための手段として全人類の声であり続けるとの評価を受け、およそ40に及ぶ申請の中から、審議の末、日本の来訪神などと共に2018年11月29日、無形文化遺産に登録されました。


今回のレゲエの世界遺産への登録は、ボブ・マーリーやグレゴリー・アイザックスなど、偉大なアーティストたちの功績によるもので、ジャマイカの文部大臣であるオリビア・グレンジは、「私たちの作り上げた音楽が世界のあらゆる曲がり角を繋げていった」と表現したそうです。


音楽やダンス、演劇など、様々な文化を世界遺産に登録しているユネスコですが、ほとんどが発祥した国以外に知られていないのが現状なのだとか。そんな中、今や時代を越え、様々な人種や性別、宗教が混在する世界中の社会で受け入れられているレゲエが、文化遺産として登録されたことは当然の結果と言えるのではないでしょうか。


まとめ


レゲエといえば、お日さまの光がギラギラした南国のイメージで、どちらかと言えば明るく楽しい音楽という印象でしたが、その特徴や歴史を知ると、レゲエは単なる流行から生まれた音楽ジャンルではなく、時代や国の現状を背景にし、ジャマイカだからこそ生まれた音楽であり、訴えかける強いメッセージがあったからこそ世界中に共鳴が広がったという、実に奥が深い音楽であることがよくわかりました。


その背景にあったのは人種差別や貧しさというネガティブな要素でしたが、その中を生き抜いてきたジャマイカの人たちが生んだレゲエは、とてもポジティブであたたかいものです。


レゲエは多くのジャマイカ人たちの大切な娯楽であると同時に、心を通わせる表現の場でもあったのです!!


 


以上、
『レゲエの歴史・ルーツって知ってる?無形文化遺産に登録って凄くね?!』
をお届けしました。


 



『ジャパニーズレゲエ』


略して『ジャパレゲ!!』


この記事を読んでるということは、ジャパレゲが大好きですよね~ 間違いない!!


日本の音楽シーンにおいても、今や実にさまざまなジャンルの音楽が日々リリースされていますが、その中でもブラックミュージックであるレゲエはすでに何十年も前に定番のジャンルとして愛されていますよね!


しかし、元々は遠くジャマイカで人々の声となっていた音楽であるレゲエが、どのようにして日本にジャパニーズレゲエというジャンルを生み出すまでに至ったのでしょうか。


気になりません?


私は気になってしまいました…


なので今回は日本でも耳にすっかり馴染んだレゲエについて、ジャパレゲの歴史と原点となった日本人アーティストたちの紹介などしていきます!


Contents [hide]


 1 ジャパニーズレゲエの始まりは?
 2 ジャパレゲの第一人者、ランキン・タクシー
 3 レゲエで本場ジャマイカで活躍した日本人
 4 ジャパニーズレゲエ 好きなアーティスト(男性編)
 4.1 湘南乃風
 4.2 窪塚洋介
 4.3 三木道三
 5 ジャパニーズレゲエ 好きなアーティスト(女性紹介)
 5.1 MINMI
 5.2 KIRA
 5.3 lecca
 6 まとめ
ジャパニーズレゲエの始まりは?


 


1980年代、高校生でレゲエに出会ったNAHKI(ナーキ)という一人の男性が、大学在学中から、バンドを組んでレゲエアーティストとして活動していました。


卒業後就職し、サラリーマンになった彼は、就職先である「ぴあ」で取材を通し、ジャマイカから来日した歌手であり音楽プロデューサー、サウンドシステム運営者、そしてダンスホールレゲエの創始者の一人でもあるシュガー・マイノットと一緒に歌う機会を得ます。


そして1985年、彼を訪ねて初めて単身ジャマイカに渡りました。


人種、性別、国を越え、平等を歌う歌詞にも感銘を受けた彼は、もともと英語が得意であったこともあり、ジャマイカの公用語でありレゲエの言語もである独特な英語、パトワ語を自然に身に付け、レゲエディージェイとなります。


88年、リリースしたシングルが、ニューヨークのインディー系チャートにランクインしたことで、ニューヨークを拠点に全米のライヴに精力的に参加。本場ジャマイカの「レゲエ・サンスプラッシュ」、「SNG」などの大規模なイベントにも出演を果たした彼は、日本最大級のレゲエ・イベント「レゲエ・ジャパン・サンスプラッシュ」にも毎年出演。


鹿島アントラーズのチームソングやNHK「みんなのうた」への楽曲参加で、日本でもファン層を広げ、96年にはダイアナ・キングとのコラボシングル「I'LL DO IT」が大きな話題となりました。


日本にレゲエを持ち込んだと言っても過言ではない彼は、その後もニューヨークを拠点に、ジャマイカと日本をレゲエで結んでいます。


 


↓「I'LL DO IT」動画↓


 


 


 


 



この動画は非公開です


 



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ジャパレゲの第一人者、ランキン・タクシー


 


パトワ語を用いてレゲエディージェイをしているNAHKIさんに対し、日本語でレゲエを歌い始めたのがRankin Taxi(ランキン・タクシー)さん。


彼がジャパレゲを誕生させた偉大な人物なんです!


このイケイケなおじさんね笑


ランキンさんは30歳を過ぎた1983年、ジャマイカで開催されたフェスを見てレゲエの世界にどっぷりハマり、日本に戻ると、大学卒業後から勤務していた建設会社で働きながらクラブでレゲエディージェイを始めます。その頃、まだ日本語でレゲエをする文化は無かった様です。


ランキンさんが日本語でレゲエを歌うようになり、「ジャパレゲ」が始まることとなります。彼はタクシー・ハイファイというサウンド・システム・クルーを結成。さらにレーベルを立ち上げ、積極的にアーティストの作品をリリースし、若手アーティストも育ててきました。


彼自身も1991年にメジャーデビューを果たしています。


ランキンさんがジャマイカに行き、レゲエディージェイを始め、日本語で歌わなければ、ジャパレゲの文化はなかったかも知れないと言われるほど、彼は偉大な存在として語り継がれています。


レゲエで本場ジャマイカで活躍した日本人


 


Mighty Crown(マイティー・クラウン)は日本の中でいち早くダンスホールレゲエの文化が根付いていた横浜で1991年に結成。1992年から1994年頃まで海外でメンバーが入れ替わりで活動を続け、今ではレゲエの本場、ジャマイカでも高い評価を受けていますよね。


本格的に海外で活動を始めたのは1999年。


ニューヨークで行われた「World Clash ’99」で世界チャンピオンに輝いたことで、一気にレゲエアーティストとしての地位が高まり、オファーが世界各国から来るように。2000年代半ばからは大規模なワールドツアーも行い、レゲエの本場、ジャマイカでも公演を行うほどの世界的な存在になりました。


「World Clash」では日本代表として何度も並み居る強豪を下し勝利。他にも世界レベルの大会を制して得たトロフィーの数は20を超えるそうです!凄いですよね。


あまり日本ではメディアで取り上げられないのが残念な感じですが、彼らの快挙はとんでもない才能と努力、そしてレゲエへの情熱で得たもので、日本の誇りであることは間違いないですね!


ジャパニーズレゲエ 好きなアーティスト(男性編)


ここからは僕の好きなジャパレゲアーティストをミーハー丸出しで紹介します!(笑)


湘南乃風


 


 


 


 


 


 


 



湘南乃風


チャンネル登録者数 24.2万人


湘南乃風「カラス」MUSIC VIDEO


 


 


 


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↑青春を生きてるって感じ↑


ジャパニーズレゲエをポピュラーな存在にし、多くの日本人にレゲエのかっこよさを広めたアーティストと言えば湘南乃風。


コアなレゲエファンからは「レゲエじゃない」なんて言われてますが・・・何となくわかる様な…


でも私は好きです。


楽曲のクオリティの高さもさることながら、彼らの一番の魅力として情熱的なライブパフォーマンスがカッコイイですよね!
MCでの熱い言葉と共に、心に響く力強い楽曲でオーディエンスは大熱狂!!


さらに、彼らの楽曲にはメッセージ性の強いものがたくさんあり、そのほとんどが彼らの作詞で、前向きになれたり負けない強さや勇気をもらえる熱い言葉の数々に救われるファンは少なくないと思います。


彼らの楽曲は友達や家族との絆、愛を歌詞に込めて歌ったものが多く、日常の中で多くの人がぶつかる壁や痛みなど、共感できることや背中を押してもらえるようなメッセージが大きな魅力です。


窪塚洋介


 


 


 


 


 


 


 



amatorecordz1


チャンネル登録者数 2.03万人


卍LINE 「ブンシャカラカ」


 


 


 


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↑この曲好きっす!↑


俳優でありながら、レゲエシンガーやビデオ監督、カメラマンとマルチに活躍してる窪塚洋介くん。


1995年、高校生だった窪塚さんは日本テレビ系列で放送されたドラマ「金田一少年の事件簿」で俳優デビューし、その後さまざまな話題作に出演、2001年の主演映画「GO」をはじめ、「ピンポン」、「凶器の桜」など、そのルックスと存在感ある演技で人気実力派実力俳優として広く認知されるようになります。


現在も映画や舞台を中心に俳優として活動する傍ら、レゲエシンガーとしても「卍LINE」の名でクラブなどでライブを行っています。


自分の心に秘めるメッセージを音に乗せ、ダイレクトに伝えていくことで、自身の居場所を感じられるようになったと言う窪塚くん。レゲエミュージシャンとしての活動は、彼にとって楽しみの一つでもあり、バランスを保つための大切なライフワークとなっているようです。


私個人的には、ぶっ飛んだ役をやってる俳優窪塚洋介が好きなんですけどね~(笑)


三木道三


 


 


 


 


 


 


 



Masudul Bappy


チャンネル登録者数 39人


MIKI DOZAN


 


 


 


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↑三木道三といえばこの曲↑


1992年頃から奈良、京都を中心に活動していた三木道三は、1993年、大学生の時にジャマイカを訪れたのをきっかけにレゲエの虜になり、日本に戻ると、地元大阪を拠点にレゲエディージェイとして活動を始めます。


キャリアも実力もありながらなかなか注目されることのなかった三木道三ですが、2001年に発売した11枚目のシングル「Lifetime Respect」が彼ならではの等身大のラブソングとして聴く人たちの共感を得て、リクエストがリクエストを呼び、瞬く間に日本のレゲエ史上初のオリコン1位を記録するほどの大ヒットとなりました。


その後2002年に活動を休止し、他のアーティストの作詞、作曲、プロデュースなど、裏方に回り音楽に携わり続け、2014年、「DOZAN11」の名で、活動を再開し、リリースとライブを中心に再びジャパニーズレゲエの普及に貢献しています。


ジャパニーズレゲエ 好きなアーティスト(女性紹介)


MINMI


 


 


 


 


 


 


 



UNIVERSAL MUSIC JAPAN


チャンネル登録者数 447万人


「#ヤッチャイタイ」MVディレクターズカットver.


 


 


 


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↑個人的に有りな曲↑


96年頃から出身地である大阪のレゲエやヒップホップのクラブで歌い始めたMINMI。作詞、作曲を自ら手がけ、2002年にリリースした1stシングル「The Perfect Vision」が50万枚を売り上げる快挙。その後アルバムをリリースする度にチャートのトップ5位内を記録する。


自身のプロデュースだけでなく湘南乃風の「睡蓮歌」、加藤ミリヤの「LALALA」等数々の名曲を手がけ、2006年にはシングル「サマータイム!!」が反響を呼び、トリニダード・トバゴの祭典に招待されます。


同年NYで行われたソカアワードで新人賞にノミネートされ、2007年のソカモナーク世界大会では女性第三位を獲得。


2010年に発売した約4年ぶりとなるオリジナルアルバム「MOTHER」はゴールドディスクを獲得しました。また、大型野外フェス「FREEDOM」も主催し、毎年60,000人を動員しています。


様々なジャンルのテイストを織り交ぜたセンスある音楽性と、メッセージ性の高い歌詞、優しい歌声と彼女自身の放つポジティブな空気感で多くの音楽ファンの心をとらえていますよね!


KIRA


 


 


 


 


 


 


 



裏庭独走最前線


チャンネル登録者数 1.45万人


TERRY JANE / KIRA & 卍LINE PV


 


 


 


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↑卍LINEとKIRAのコラボ↑


デビュー前、日本人で初めてマカオ・カジノで歌手としてショーに出演していた経歴を持つKIRA。自身で作詞・作曲、プロデュースを手掛け、2014年にシングル「ナデシコSOUL」でメジャーデビュー。


ハスキーで力強い歌声で定評のある彼女は、2018にリリースした2ndアルバム「NAKED」でR&Bチャート1位、iTunes総合10位を獲得し、その実力を世に知らしめました。


歌唱力だけでなくライブパフォーマンスやファッションへの評価も高く、全国のクラブやライブハウス、毎年開催するディナーショー、小学校でのアコースティックライブや被災地への募金活動、NHK教育テレビ「手話ダンス」のテーマソングを手がけるなど、実に幅広く活躍しています。


lecca


 


 


 


 


 


 


 



avex


チャンネル登録者数 587万人


lecca / For You from BEST ALBUM 『BEST POSITIVE』


 


 


 


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↑名曲でしょ!↑


2000年から首都圏界隈のクラブを中心に音楽活動を開始したlecca。大学卒業後の2002年からニューヨークとカナダのトロントに滞在し、現地のクラブで経験を積み、やがてレゲエに心惹かれ全力を傾けるようになったそうですよ。


2003年に日本へ戻り、再び首都圏のクラブで活動を開始。


2005年にリリースした初のアルバム「烈火」は、HMVのインディーズ部門のレゲエ、スカを対象とした音楽チャートで10位を記録しました。


その後2006年にメジャーデビュー。


2009年にはファーストシングル「For You」が北海道の有線のリクエストチャートで6週間連続1位を記録し、アルバム「BIG POPPER」がオリコンデイリーチャートで5位まで上がり、テレビドラマの主題歌も決定するなど、この年、USENにおいて最も多くのリクエストを受けたアーティストとなりました。


さらに2010年、九州男との2年ぶりの共演となった「TSUBOMI」がUSENのJ-POP総合チャートにおいて発売前に1位を獲得するという異例の快挙を成し遂げています!


まとめ


いかがでしたか?


音楽を聴く人の中にはそれぞれ一番好きな音楽ジャンルが存在すると思います。その中でも、特にレゲエを語る人たちの熱量が高いと感じています。


レゲエを含め、かっこよかったり魅力的な音楽は世界中に数々ありますが、レゲエに魅了される人たちのレゲエに対するリスペクトや愛情の深さが、ここ日本でもレゲエを一時の流行り物ではなく定番の音楽ジャンルとして定着させるに至った大きな理由になっていると感じました。


ジャパレゲを知る前に、まずは知っておいて欲しい事があります。


 


それは「Reggae(レゲエ)」という音楽についてです。


 


レゲエは他の音楽に比べて歴史が浅い音楽です。できてまだ何十年位しか経っていませんからね。


 


そして、レゲエは「宗教の音楽」という事も念頭においてください。そこが他のジャンルにはない特徴なんです。


 


レゲエは「ラスタファリ運動」という宗教思想を音楽にのせて歌っています。ラスタの一番の目的は黒人のアフリカ回帰。そして人種差別の撤廃です。


 


ラスタとレゲエの関係性についてはコチラの記事で紹介していますので、ぜひご覧になってみて下さい。


 


 
 
ジャマイカの宗教「ラスタファリ」がレゲエに欠かせない理由とは?僕はレゲエが大好きです。数ある音楽のジャンルの中でも、ダントツでレゲエが一番好きです。 レゲエを好きな人なら一度は...
 


よく、「ボブ・マーリーはレゲエの神様」なんて言いますよね?あれは比喩でもなんでもありません。まさしく神様なんです。


 


ボブ・マーリーはレゲエという音楽にのせてラスタの思想を歌っていました。ラスタにおける神は「ハイレ・セラシエ」ですが、レゲエという音楽における神は「ボブ・マーリー」なんです。


 


しかし、ボブ・マーリーは38歳という若さでこの世を去ってしまいます。彼の死後、全世界でラスタの人口は10分の1にまで落ち込んだとも言われています。いかに影響力があったかよく分かりますね。


 


そして、彼の死後に流行ったのが「ダンスホール・レゲエ」と言われるレゲエです。ダンスホール・レゲエとレゲエは厳密には少し違います。


 


ダンスホール・レゲエは裏打ちのリズムこそレゲエですが、テンポも早く、そしてコンピューターを使った打ち込みのトラックを主流としていました。


 


ラスタの教えを歌った歌もありますが、昔のレゲエに比べてラスタ感は薄まっていったのです。それがダンスホール・レゲエとレゲエの大きな違い。両者は同じように感じますが、厳密には違うものなのです。


 


そして、レゲエとジャパニーズ・レゲエも違います。ジャパニーズ・レゲエとはダンスホール・レゲエを日本語化したものだと思っておいてください。


 


これを知っているだけでも、かなりのレゲエ通ですよ!


 


ジャパニーズ・レゲエの歴史を知ろう!
 


以上がレゲエの概要になります。


 


では、いよいよ本題。ジャパニーズ・レゲエの歴史について知っていきましょう。


 


レゲエの歴史は遡れば1960年代からスタートします。当時ジャマイカで流行した音楽「スカ」がレゲエの始まりです。


 


スカから「ロックステディー」になり、そこから「レゲエ」に発展し、「ダンスホール・レゲエ」ができあがりました。


 


では、ジャパレゲの歴史はどうなんでしょうか?


 


ジャパレゲの歴史は意外と古い?
 


ジャパレゲの歴史は今から40年ほど前、1980年代にまで遡ります。


 


80年代と言えばボブ・マーリーの影響が強く、全世界でレゲエが流行していた時代です。そんな時代にレゲエに魅了された2人の日本人がいました。


 


一人が「NAHKI」ジャパレゲの歴史を語るうえで欠かすことができない人物です。


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ジャマイカで活躍した日本人アーティスト
 


画像参照元:https://ux.nu/oSoCd


 


NAHKIさんは昔からのレゲエ好きなら知らない人はいない位有名な人ですね。


 


この人はかなり偉大な人で、1980年代に単身ジャマイカに渡り、パトワ語(ジャマイカでの公用語)を使ってレゲエディージェイをしていました。(ディージェイについてはコチラの記事で解説していますので、ぜひご覧になってみて下さい)


 


 
 
レゲエにおけるディージェイとシンガーの違いとは?元サウンドマンが解説どうも!こんにちは!音ハコの管理人のこれちゃんです。 さて、今回はレゲエにおけるDeejay(ディージェイ)とSi...
 


また、ジャマイカだけでなく、ニューヨークでも活躍していたようですね。


 


そして、彼の曲は逆輸入のような形で日本でもリリースされていました。


 


まだ日本にレゲエという文化が完全に広まっていない時に単身で海外に渡り、そして日本人としての存在を見せつけたNAHKIさん。まさしく偉人ですね。


 


この人がいなければ、ジャパレゲ界の発展は大きく遅れていたかも知れません。


 


初めて日本語で歌い始めたアーティスト
 


画像参照元:https://ux.nu/4dRD2


 


NAHKIさんはパトワ語を用いたDJをしており、日本語での歌は歌っていませんでした。基本的に海外で活躍した人ですからね。


 


そして、先程レゲエに魅了された人は「2人いる」と言いましたね?そのもう一人こそが日本語でジャパレゲを歌い始めたアーティスト。


 


その人の名前は「Rankin Taxi(ランキン・タクシー)」。彼の行動がジャパレゲの歴史を大きく変えるのです。


 


ランキンさんは1983年にジャマイカで開催されたフェスを見てレゲエにドハマり。帰国後、サラリーマンをしながらクラブでレゲエDJを始めます。


 


NAHKIさんのように、パトワ語でDJをする文化は当時の日本にも少しはあったようです。しかし、日本語でレゲエをするという文化はありませんでした。


 


そんな中、ランキンさんは日本語でレゲエを歌い始めるのです。まさに「ジャパレゲ」が始まった瞬間といえるでしょう。


 


ランキンさんがジャマイカに行かなければ、レゲエDJを始めなければ、日本語で歌い始めなければ、今のジャパレゲはなかったかも知れません。それ位偉大な行動なんです。


 


この2人の偉大なアーティストによって、ジャパニーズ・レゲエという音楽の扉は開かれたのです。


 


今や日本はレゲエ大国!
 


画像参照元:https://goo.gl/Tho8ZQ


 


ボブ・マーリーが活躍し、レゲエが大流行を見せた70年代、その時から日本はレゲエが大好きな国でした。


 


当時ボブ・マーリーは日本でツアーをするんですが、確かアジアでボブ・マーリーが来たのは日本だけだったと思います。(誰か詳しく知っている人がいれば教えてください)


 


70年代からレゲエが大好きな日本人。80年代になるとジャパレゲが生まれて、更に日本人のレゲエ好きは加速していきます。


 


そして、日本のレゲエを語るうえでもう一つ欠かせない要素があります。それは「サウンド」です。


 


サウンドはいわば他ジャンルにおける「DJ」のような存在ですね。DJをレゲエでは「サウンドマン」や「サウンド」「サウンドクルー」と言ったりします。


 


日本はレゲエ大国としてだけでなく、サウンド大国としても知られています。


 


中でも有名なのが「MIGHTY CROWN」ですね。この人たちのお陰で日本はジャマイカや諸外国からも「レゲエ大国」として認められています。


 


MIGHTY CROWNはサウンドの世界大会で何度も優勝をおさめています。これは並大抵の事ではありません。一度優勝するだけでもありえない位のレベルなんです。


 


それを何度も優勝している訳ですからね。彼らの実力は段違いですよ(笑)


 


僕は昔ジャマイカに行ったんですが、行く先々でジャマイカ人にこう言われました「お前は日本人なのか!?ならマイティーを知ってるか?」と。


 


そりゃもう、あんた以上に知ってるよ!って感じですけどね(笑)ジャマイカ人は僕が日本人だと分かると口々に「マイティー」の名前を口にしていました。いかに彼らに認められているかが分かりますね。


 


ジャパレゲはサウンドと共に進化する
 


今、ジャパレゲは落ち目なジャンルですね。昔はいたる所で耳にしましたが、今はなかなか聞く機会がありません。


 


しかし、音楽には流行がありますからね。これは仕方がない事なのかも知れません。いずれ、またレゲエの波がくるでしょう。


 


そして、ジャパレゲはサウンドと共に進化しています。


 


今、日本はジャパレゲアーティスト以上にサウンドマンが多かったりしますからね。そして、マイティー以外にも海外で活躍しているサウンドマンが大勢います。


 


昔は世界で活躍しているサウンドと言えばマイティーしかいませんでした。しかし、今はバリアもいますし、ジャーワークスもいます。フジヤマだって忘れてはいけません。


 


そういったサウンドマンと共にジャパレゲのアーティストも進化しています。お互いがお互いに良い影響を与えているのです。


 


両者が相互作用しあって、更なる進化を遂げる事を楽しみにしましょう。


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まとめ
 


いかがでしたでしょうか?


 


以上がジャパレゲの歴史になります。


 


ジャパレゲの歴史は遡ること1980年代からスタートし、NAHKIさんとランキンさんの両者の影響によって拡大していきました。


 


今やジャパレゲアーティストは沢山いますね!そして、同時にサウンドマンも沢山います。


 


これからもレゲエの更なる発展を祈りましょう。


 


と本当にhiphopとレゲエは奥が深い!!!!!!!!!


そんな大好きなジャンルで音楽をされてるkoolさん


絶対に勝ち上がれます応援しています。


 

投稿者

翔輝

2022/08/12 16:03

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