おっさんバンドを応援
生命の儚さと力強さ、そして存在の意味を問いかける壮大な楽曲だ。一聴すると、シンプルなバンドサウンドに乗せられた歌声と詩的な歌詞が淡々と進むように感じられるが、曲を最後まで聞き終えると、その静かで確かな力強さに圧倒される。まるで夏の終わりに力を振り絞る蝉の鳴き声のように、どこか切なくも美しい音楽体験を届けてくれる。
本楽曲の大きな魅力は、その歌詞の深さだ。「生い土の中目覚めたんだ」と始まる冒頭から、蝉の一生をモチーフにした物語が紡がれていく。地中での長い時間、迷いと不安、そしてやがて訪れる地上での短い生命――これらのテーマが鮮烈な言葉で表現されている。とりわけ、「死にたくない、死にたくないの死で進む」という歌詞には、生物が本能的に持つ生への執着が描かれ、聴く者に強烈なインパクトを与える。シンプルながらも力強い表現が、蝉の姿を通して人間の生と死を重ね合わせるかのようだ。
音楽的には、ミニマルかつ緻密なアレンジが光る。冒頭の静かなイントロでは、音数を抑えたシンプルなコード進行とギターのアルペジオが、不安定で曖昧な「目覚め」の瞬間を象徴している。その後、徐々にドラムとベースが加わり、サビに向かって楽曲はダイナミズムを増していく。「焼ける日差し 羽はうく あなたに会いに行くよ」と歌われるクライマックスでは、ギターが熱量を帯び、ボーカルの高揚感とともに、まるで蝉が力強く飛び立つ瞬間を描くような情景が浮かぶ。このような音の起伏が、歌詞のドラマチックな展開と絶妙に呼応しており、聴覚的なストーリーテリングとしても秀逸だ。
また、ボーカルの表現力も見逃せない。歌い手の声はどこか儚く、それでいて確かな強さを秘めている。言葉ひとつひとつに込められた感情が、聴く人の心を揺さぶる。「まだない まだない と高らかに歌う」というフレーズでは、まるで最後の一瞬まで抗うかのように、声が空間を突き抜けていく。これは単なる「歌」ではなく、命そのものの叫びだと感じる瞬間だ。
さらに、ミュージックビデオ(MV)のビジュアルも楽曲の世界観を見事に補完している。暗い土の中から光に向かって飛び出す姿や、焼けつくような夏の日差しの下で羽ばたくシーンは、まさに蝉の一生を象徴的に映し出している。「ここにいるよって叫んで飛んだ」という歌詞の部分では、空を舞う蝉が描かれ、その映像美が楽曲の持つエモーショナルな力をさらに高めている。視覚と聴覚が融合することで、より深く『蝉』のメッセージを受け取ることができるのだ。
シカダハッチングはこの楽曲を通じて、生命の限りある時間と、それでも生き抜こうとする力強さを静かに、そして確かに伝えている。「このまま終われない」という歌詞には、単なる生物の本能以上に、人間の内に秘められた希望や意思が感じられる。この楽曲を聴き終えた後、私たちはふと「自分は何のために生きているのか」と問いかけたくなるだろう。シンプルな言葉、シンプルな音に込められた深いメッセージは、まるで短い夏の中で全力を尽くす蝉のように、聴く者の心に強烈な余韻を残す。
2024/12/07