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秋山貴史グランプリへ一直線!

無観客 秋山貴史

Mr.JAPAN Road to FINAL STAGE 【第3審査 Bグループ】

開催日: 2021/07/17

グランプリに最も近い!そう言っても過言ではない男!


ミスタージャパン2021に最も熱を注ぐ男、


秋山貴史さん27歳 



168cmで日本一の男になる!をテーマに一次審査から全てをトップ通過されてきました!


 


セミファイナルの第2審査もトップ通過おめでとうございます!!



歴代180センチ以上のグランプリしかいないなかで160センチ代の自分がグランプリをとることに強い意義を感じているという秋山貴史さん。



 



彼は一次審査YouTube動画で以下のように話しております。


 


『両親への恩返しのため挑戦させて頂きます。』


 


『本当にやりたいと思う事ならやってみなさい』私の両親は常にそう言って惜しみなくチャレンジする機会を与えてくれました。私の何気ない好奇心からの『やってみたい』という発言に嫌な顔もせず、時にはダブルスクールや進学のためだけにパートを始めてまで私に機会を与えてくれました。今まで沢山の愛を与えて貰ったからこそ"結果"として何かで1番になれる自慢の息子に成長した姿を両親へプレゼントしたい、そして、そんな両親から学んだチャレンジする勇気の大切さを一会社員の私がミスタージャパンにチャレンジする姿でより多くの人へ伝えられたらと思い出場させて頂きます。


 


私の長所は人一倍チャレンジし人一倍失敗、挫折を経験しているところです。


 


人一倍の失敗、挫折経験から、相手の立場で優しく接する心、そして失敗を恐れずどんな場所や環境へも飛び込み自分を表現する勇気を得ることができました。


 


学生時代は10年間、頭脳、肉体を磨き上げる究極のスポーツだと魅力されアメリカンフットボールの世界に没頭しました。


 


体の大きさが優位になるスポーツで小柄なことが常にコンプレックスだった私に、大学時代の恩師は『相手の懐に入ってプレーができることがお前の強みだ』と言いました。体が小さいことは弱みではなく強みなんだと小さな体の私ですがミスタージャパンでも背の低さが強みになるよう自分を磨き戦いたいと考えております。


 


現在は勤めている会社を日本一から世界一の企業にする為日々チャレンジしております。


 


①両親への恩返し


 


②短所を長所へ


 


大きくこの2点を軸にチャレンジされているようです。


 


また、以上の情報から出身である神戸大学、そして神戸大学アメリカンフットボール部の歴を紹介させていただきます!


 


神戸大学レイバンズ(こうべだいがくレイバンズ、英語:KOBE UNIVERSITY RAVENS)は神戸大学体育会に所属するアメリカンフットボールチームである。1975年創部。関西学生アメリカンフットボール連盟所属。チームカラーは赤。


 


歴史
1975年に同好会として創部した。翌1976年に関西アメリカンフットボール連盟に準加盟。リーグに設けられた準加盟リーグでいきなり優勝を果たす。体育会に昇格した1977年からリーグ戦に参加しブロック優勝をする等躍進が続き、1980年には創部5年目という早さで1部昇格を果たす。1部では中位・下位に位置することが多かったが、入替が激しかった関西学生リーグでリクルート面で不利な国立大学でありながら、7シーズン1部を堅持する。


 


1987年、2部に降格するが翌1988年に1部復帰。1988年は京都大学に勝利するも、3チームが並ぶ同率5位となり、入替戦対象(7位)を決めるプレーオフに1勝1敗(1敗はくじ引きによる不戦敗)でかろうじて残留する。


 


1990年は、2戦目の同志社大学に敗れた以外は5勝を挙げ(関西学院大学には創部以来初勝利)、11月24日に京都大学と優勝をかけた最終戦を戦うこととなる。「国立大決戦」とも呼ばれたこの試合は、試合会場が西宮球場から長居陸上競技場に変更されるほどであったが、0-45で完敗し、同率3位の結果で優勝はならなかった。


 


1991年は初戦の近畿大学戦で終盤に逆転負けし、その後も上位チームには敗退して前年の雪辱は果たせなかった。


 


1992年は、立命館大学と関西学院大学に敗れた以外は勝利し、京都大学にも勝利して5勝2敗の2位となる。この順位は2019年現在、レイバンズとしては1部リーグでの最高記録となっている。


 


1993年は開幕2連勝したものの、立命館大学に大敗して上位から後退、優勝争いの望みのかかった関西学院大学戦にも大敗するなど、上位チームに勝てずに終わった。


 


1994年、優秀な選手が卒業して戦力が低下、1部リーグ7位に低迷して入替戦も敗退し、2部リーグに降格する。


 


1995年に起きた阪神・淡路大震災では部員の死傷者はなかったものの、約1ヶ月間は分散での自主トレーニングを余儀なくされ、神戸に戻ってからも大学グラウンドが使用できず、六甲高等学校のグラウンドを間借りする状況が続いた。同年秋の入替戦では同志社大学に終盤で逆転を許し、1部復帰はならなかった。


 


1996年の入替戦は前年と同じ同志社大学と対戦、残り1分50秒で逆転する前年とは対照的な展開となり、2年ぶりの1部復帰を決める。この年12月に、大学OBの寄付によるクラブハウスが竣工している。


 


1997年の1部復帰後最初のシーズンは2戦目で京都大学に勝利したが、3勝4敗の同率4位であった。


 


以後長く上位4校の壁を打ち破れなかった。2003年、2005年には入替戦も経験したが、いずれも勝利してDIV.1を堅持した。


 


2005年、創部30周年を記念してユニフォームを一新。この年の10月1日から王子スタジアムに神戸大学の看板広告が掲示される(国立大学では初)。その日に関西学院大学との対戦があったが、11対35の惨敗を喫し、勝利をおさめることができなかった。


 


2006年には、3勝4敗で5位に浮上した。2008年は4勝3敗の成績で15年ぶりに勝ち越し、単独3位(18年ぶり)に入った。しかし、2009年は1勝1分5敗の成績で4年ぶりの入替戦となり、今回も勝利して1部に残留する。このあと2013年にも入替戦出場、このときも大阪府立大学に勝ち、残留する。


 


2015年、創部40周年でユニフォーム一新。エレコムより寄付を受けて、レイバンズおよび女子タッチボール部looksが拠点とする神戸大学鶴甲第一キャンパスグラウンドが人工芝化された。寄付への感謝の意を示すため、グラウンドは「神戸大学エレコムグラウンド」に改名された。また、エレコムがメインスポンサーを務める社会人アメリカンフットボールチームエレコム神戸ファイニーズとの合同練習もおこなわれるようになる。シーズンは3勝4敗の5位に終わる。同時に19年連続1部リーグ残留を果たした。


 


2016年、秋季リーグ戦を1勝6敗で終え入替戦に出場し、桃山学院大学に3対14で敗れ、21年ぶりに2部に降格した。


 


2017年、2部でAブロック1位となり入替戦に進出、同志社大学を33対0で破り、1シーズンでの1部復帰を果たした。


 


2019年、秋季リーグ戦で5勝3敗の成績を収め3位となり、全日本大学アメリカンフットボール選手権大会2019への出場資格を得た。全日本大学選手権では、トーナメント1試合目の中京大学戦には24対17で勝利したが、2試合目の関西学院大学戦に7対26で敗退した。


 


以上の歴史の中で彼の所属した2014〜2017の中では、2015年のエレコムファイニーズとのグランド合同化、2016年の2部降格、そして2017年最終学年での一部復帰に携わり活躍しました。


 


次回はファイナル。



見事歴代初の160センチ代のミスタージャパンになり、コンプレックスは弱点でなく強みになることを証明してください!


 


日本一の男へ向かい突っ走れ!秋山貴史!

投稿者

akkey0701

2021/07/22

odちむak

No.71593

素敵なレポートですね✨
2021/07/24

Gacky

No.71040

良きレポートです(^^♪
がんばっ!!
2021/07/24

Meguru☀️

No.70239

秋山さん ガンバレー٩(ˊᗜˋ*)و
2021/07/23

春樹

No.70220

熱い応援ですね
ガンバレ〜🇯🇵
2021/07/23

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