ボーダーを越える
バンコク日本博2022 出演争奪選手権【FINAL】
開催日: 2022/06/19
鬼塚真紀さんは、バンドのボーカリストとしてそのキャリアをスタートさせた。
早くから曲作りにも才能を発揮し、ビートとメロディを高次元で融合させた楽曲を歌うステージは、爽やかな疾走感が溢れていた。
その後、様々な紆余曲折を経て、鬼塚さんはアイドルのステージに立つ。
バンドから離れ、フリーとなり、徒手空拳、何の後ろ盾も無く新しい世界に飛び込んだ。
その頃は、まさに地下アイドルという独特の世界が勢いを増しつつあった、界隈の黎明期とも言える時期。
有り余る生命力をダイレクトにぶつけてくる凄まじい熱量と、誰も見たことの無い新しい何かを作り出そうとするカオスなまでの自由さ。
当時の地下アイドル界は、そんな空気に満ちあふれていた。
そんな時期を象徴するようなイベントがあった。
毎月1回、秋葉原の5つのライブスペースを連動させ、12時間にわたって100組以上の出演者が歌い、3000人以上の客を動員して行われた、アキハバラアイドルフェスティバル、通称AIFと呼ばれたイベントだ。
多数の出演者の中には、当然正統派と言われるようなアイドルユニットも多かったが、特にソロの演者はアイドルという枠に収まらない個性的な歌い手が出演していた。
5会場で12時間、1ステージは僅か15分。無数とも思えるステージの中に埋もれてしまわないために、出演者たちはあらゆる手を尽くし、そしてそこで表現される歌はあらゆる音楽ジャンルを飲み込むほどに実験的でもあった。
毎月1回、音楽が生み出す熱が、エネルギーのうねりとなって秋葉原の街を駆け巡る。
それは、プリミティブなフェスティバルの熱狂を感じさせるほどだった。
鬼塚さんは、そんなアキハバラアイドルフェスティバルで、メインステージのトリを歌うようになる。
なぜ、そのポジションに収まったのか、今となっては経緯はわからない。
本人は「最後となると22時まわるしね、帰っちゃう人も多いし、高校生とかはそもそも出演出来ないし、押しつけられたようなものかな」と軽い自虐で謙遜しながら言っていた事がある。
それが本当なら、ある意味逆境とも言える状況ではある。
その頃の鬼塚さんの代表曲に「リアル&ファンタジー」という曲がある。ポップな曲調に、ほのかなせつなさのスパイスを振りかけた曲で、イベントの最後の最後、その曲でステージを締めることが多かった。
長い1日の、夢のようなイベントの、終わり。間もなく、暗転するステージに、熱の余韻と、夢の残滓が漂う。
そんな瞬間、頭の中に流れ込む鬼塚さんの声。
イベントを愛する人たちなにとって、「リアル&ファンタジー」は、無くてはならない歌となっていく。そして、いつしかその曲は、AIFの非公式エンディングソングと呼ばれるようになる。
時代を象徴するようなイベントの最後を締めくくるために、鬼塚真紀という歌い手の存在が不可欠になっていく。
それは多分、ちょっとした奇跡だった。
アーティストからアイドルへ、境界線を飛び越え、でも、変わることなくやり続けたことはたった一つ。
真っ直ぐに歌い続けること。
その思いが起こした奇跡だった。
そんな風にして、鬼塚真紀さんはいくつもの境界線を飛び越えきた。
たった一つの武器だけを頼りに。
そしていま、国境という境界線を飛び越える。
さらなる新しい世界で、きっとまた鬼塚真紀にしか聞かせられない歌をうたうだろう。
その瞬間を、ぜひ見たい。
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